空が冷たくなると街灯がともり、きめの細かい白い光が上空の冷気を地上へひきおろすようだった。(白い光が上空の冷気を地上へひきおろし、きめの細かい輝きとなってちらばった。)靴音が歩道から跳ね上がり、ウインドーにぶつかり、さらに細い音になるのを耳の奥に聞いたのは、その路地に入る前のことだった。
街灯の下を通りすぎると、影が突然方向を変えるのがわかった。男は、これから自分の影が長くなる方へと足を運ぶのだが、頭の中で「この影はさっきまで自分の後ろにあったのだ」とことばにしてみると、後ろへ、過去へと歩いているという錯覚がやってきた。(背中が剥がされ、その平べったいものが、背後から前方になげつけられたように感じた。だれか、私否定したいものが背後にいるのだ。)
おかしいな、右に石垣の奇妙なふくらみ。左の上に蝋梅のにおい。前に角度のわからない坂。(見知らぬ傾斜がアスファルトになって、迫ってくる。)おかしいなあ。手はどこに。鞄はどこに。影は薄くなって、闇と区別がつかない。(そんなはずはないのだが)、一点透視のなかせ男は吸い込まれてゆき、あとに冬の帰り路だけが残されるのだった。(一点透視のなかから、帰り路ということばが長く長く、永遠に長くのびてくるのだった。)
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