モフセン・マフマルバフ監督「独裁者と小さな孫」(★★) | 詩はどこにあるか

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監督 モフセン・マフマルバフ 出演 ミシャ・ゴミアシュビリ、ダチ・オルウェラシュビリ、グジャ・ブルデュリ

 冒頭、イルミネーションで飾られた道路のシーンが、嘘っぽいくらいに美しい。いや、嘘だから美しいと言い直した方がいいかも。
 で。
 全編、その嘘が貫かれる。
 クーデターが起き、国外逃亡のチャンスを逃した大統領と孫が国内を逃げ回る。逃げ回りながら、国内の「事実」を見る。
 大統領ひとりなら、「見える事実」は違ったものになるだろう。孫がいるために、どうしても「事実」が美しさを含むものにととのえられてしまう。「スター・ウォーズ」に血が出て来ないように、この映画でも血は出て来ない。傷跡(拷問の跡)に血はにじみ出しているが、血が流れ、それが原因で人間が死ぬというようなシーンはない。死ぬときも血は流さない。
 この嘘に輪をかけるのが、ストーリーのなかで描かれるもう一つの嘘である。逃亡するとき、身元がわからないように変奏をする。二人は「旅芸人」を装う。大統領がギターを弾き、孫が踊る。さらにその孫は少年なのだが、少女に変奏する。
 「音楽」というものは何か人間の「根源」に触れるものを含んでいる。「音楽」には「民衆の肉体/思想」が基本にある。「音楽」を奏でるとき、大統領は大統領ではなく「ひとりの国民」になって、「民衆」にとけこんでゆく。「音楽」を奏でる「旅芸人」だから、「民衆」にまぎれこむことができる。
 ここに、開放された政治犯(?)のミュージシャンが加わる。あるいは、そのミュージシャンのおかげで、大統領と孫は「民衆」に「溶け込む」(受け入れられる)というべきか。
 うーん。
 「意味」はわかるが、嘘っぽい。
 孫が知っている(いつも聞いている音楽)は「民衆の音楽」でもないし、大好きな少女と踊るダンスも「民衆のダンス」ではない。孫の「肉体」は「民衆」を知らない。その孫が、この映画に描かれるように動くとは思えない。
 一か所、孫の素性がばれそうになるシーンがある。検問のとき、「大統領の音楽」が流れる。すると、孫の「肉体」は音楽にあわせ、動き出す。「民衆の音楽」ではなく、肉体にしみついた「大統領の音楽」だからこそ、肉体が無意識に動く。この「無意識」が「思想」である。いつものように敬礼しながら、歩きはじめる。ここは、この映画で唯一の「ほんとう/思想」が描かれたシーンといえるが、その「ほんとう」はすぐに嘘にとってかわられる。孫は、ばれる寸前になって、「あっ、自分は大統領の孫ではなく、知らないおばさんの娘なのだ」と思い出し、おばさんのところにもどり、服をつかみながら、パンをくわえる。おばさんは、その子どもを知らないのだが、あどけない「少女」であるがゆえに、その嘘を受け入れる。
 あ、何か、いや感じ。
 「民衆」が嘘を受け入れた、だから観客も嘘を受け入れて映画を見なさい、と言われているような気分だなあ。
 この検問のシーン、孫が大統領の音楽にあわせて無意識に動くのを見た大統領は、必死になって孫に合図を送る。踊るな、おばさんのところへ戻れ。大統領の「ほんとう」があらわれる一瞬である。こういう動き(ほんとうの動き)というのは、どうしても目立つ。この動き(ほんとう)に検問をしている兵士が気付くなんてことはありえない。でも、だれも気付かない。
 ここでも、映画なんだから、嘘を受け入れろ、と言われているのである。
 さらに、このあと、政治犯が家にたどりついてみたら、妻は別の男と結婚していて、赤ん坊まで生まれている。(「ひまわり」だね。)それを知って、男は自殺するのだが、死ぬしかない男の絶望(ほんとう/思想)が、絵に描いたような嘘に見えてしまう。
 検問の孫と大統領のシーンの影響だなあ。
 さらに、このあと大統領と孫の身元がばれ、つかまり、絞首刑にされそうになる。そのとき起きるあれこれ、「報復は解決にならない」という「ことばの主張」が展開されるのだが、この「ほんとう」にならなければならない「ことば」が、どうも嘘っぽい。映画を終わるための嘘としか感じられない。「真実」として胸に迫ってこない。
 ファンタジーなのだから、これでいいのかもしれないが。
 「肉体」をほうりだして、「ことば」だけが「結論」になってしまうのでは、「映画」にする必要はないなあ、と思う。
                      (KBCシネマ2、2015年12月23日)




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