市堀玉宗『安居抄六千句』は句集。タイトルどおり「六千句」ある。(数えたわけではないが……)一ページに二十句ずつ掲載されている。ちょっと、困る。いや、たいへん困る。私は俳句をあまり読まない。読んでも、こんなぎっしりした感じのスタイルで読んだことがない。ことばがつまりすぎていて、つらくなる。
そうすると、いままで市堀の句から感じ取っていたものとは違うものが浮かんでくる。フェイスブックで私は市堀の句を知った。毎日十句以上書いている。それを読んで、この句が好きだなあ、と感じていたものとは違うものが見えてきた。
全部読んだわけではなく、最初の「冬の章」の百句、いまの季節にあわせて「夏の章」の百句を読んだ。
まず「冬の章」。気に入ったものをに丸をつけてみた。
青首の大根の葉に積もる雪
炭火爆ぜ火星近づく話など
霜解けて力抜けたる冬菜かな
大根の泥を大根の葉でぬぐひ
真夜中の月に鯨のうらがへる
「青首の」「霜解けて」は写生の句ということになるのかな? すっきりしていて気持ちがいい。
「青首の」は色の対比がシンプルだ。「青首」とはいうものの、実際の色は「緑」。緑と白の二色の世界。いや、実は大根の白、雪の白と「白」も二色あるのだが、そしてその雪に濡れた大根は冷たい色に変わっているのだが……。そういう変化も思い出してしまう。
「霜解けて」は「力抜けたる」がいい。しっかりと対象を見ていて、それが「視覚」だけでなく「肉体」の他の部分にまで広がってくる。「力が抜ける」を実感しているのは視覚ではなく、「肉体」全体である。こういう肉体感覚が私は好きだ。
「大根の」は「ぬぐう」という動詞によって、これも「肉体」が見えてくる。大根を描きながら、実は人間の動きを書いている。実直な感じが「ぬぐう」に出ている。「大根」の繰り返し、そのなかで視覚が泥と葉を往復しながら、「ぬぐう」という動詞のなかで一つになっていく。その統一感がいい。
「炭火」と「真夜中」はスケールが大きい。
「夏の章」では、
代掻いて瑞穂の里のたひらかに
がいちばん印象に残る。田んぼの形が変わるわけではないのだが、代掻きのあとの水の広がりが「たいらかに」を新しくする。風景の変化をとらえている。「瑞穂の里」は抽象的で弱いかも。
青簾捲れば海が真向かひに
これも風景の変化する瞬間。簾越しに見ていた海が、ぱっと輝き出す。それを「真向かひ」という「正面衝突」のような感じ、直球の感じでぶつけてくるところが、夏っぽくていい。余分な影がない。
更衣風八方に甦る
「八方」は「四方」の方が数が少ない分だけ生々しいかもしれない。でも、これを「八方」とするところが市堀の個性だろう。説明が多いのだ。そのぶん、「俳句」というより「短歌」の感じがする。「六千句」にも通じるが、多くを語りたいという欲望のようなものが見える。本能が見える。それが「甦る」というややこしいことばにも響いてくる。
私なら、「更衣風は四方にうまれけり」くらいにする。「甦る」は「うまれて、死んで、甦る」とめんどうくさい。
あめんぼの踏ん張り水面押さへこむ
水馬水を凹ませ踏ん張りぬ
同じ情景。あめんぼうの足の下が少し凹んでいる。「踏ん張る」という肉体と水の表面張力の関係を視覚化しているのだが、わかるけれど、うるさい。動詞がふたつあるからだろう。説明が多いと感じる。
私は、私自身が説明過多の人間なので、他人の説明は逆にうるさく感じるのかもしれない。
雷過ぎし後のしづけさ味気なさ
これも説明過多。「しづけさ」を捨てて「味気なさ」にしぼった方が印象的だと思う。あ、だんだん「注文」が多くなってしまった。
写生の句の一方、市堀は人事の句も書いている。
父の日の父がうろうろしてゐたる
明易し妻を跨いで厠まで
どちらもおもしろい。「うろうろ」の理由、「跨いで」の理由は書いていない。書いていないから、読者は自分の体験(肉体がおぼえていること)を手がかりに自分の「肉体」を重ねるのだが、そうするとことばにならない何かが肉体の奥で疼く。
私は、市堀の本領は、この辺りにあるのかもしれないと思っている。俳句を書いているが、俳句というよりも「人事」、つまり「小説」のような散文の方があっているような感じがする。散文の形の方が説明はうるさく感じないし(説明するのが散文のひとつの役割だから)、瞬間的にあらわれる凝縮した風景もより新鮮に見えるだろうと思う。
俳句も六千句もあつまると、もう「短詩」ではなく、「長い散文」に見えてくる。そのせいで、こんな感想になったのかもしれない。
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