破棄された詩のための注釈(21) | 詩はどこにあるか

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破棄された詩のための注釈(21) 

「その角」はケヤキ通りにある書店(「2001年宇宙の旅」の監督の名前がついている書店)を過ぎたところにある交差点のことである。花屋を巻き込むようにして左に曲がると、夏は海から風が吹いてくる。花屋では季節が顔を出し過ぎるので、詩人は「ドラッグストア」と書いて時間の色を消している。

「その角」を曲がって「物語」は海の方へ駆けて行ってしまったのだが、そう書いてしまうのはだから、センチメンタルすぎる。左手の公園の坂を上り、いぬふぐりの淡い桃色を見つめた視線が遊歩道に落ちて、散らばったままだったと嘘を書いた。しかし、「淡い桃色」という音が気に入らなくて、その二連目は傍線で消された。

三連目は「その角」を曲がって、八台の車が止められる駐車場の横を通り、路地をひとつ渡ると古い市場へ歩いていく。ヨーロッパの言語で「季節を売る店」と呼ばれる何軒かが、手書きの値札をならべている。店番のお爺さんはラジオでなつかしい歌を聴いている。そのメロディーをハミングした声が、そこを通るたびによみがえる。

音は消える。しかし記憶は消えない。そして、それは「物語」の一部になりたがる。皮の厚い甘夏カン。その重さを手で計っていた。その、掌のまるみ(まるく包むような)やわらかな指のひらいた形。その指に対して何事かを言ったお爺さんの声も。そしてお婆さんのお爺さんを叱る声が。「いぬふぐり」の二連目を消した理由は、ここにもある。

ほんとうは海風が吹いてくる道を歩きつづけたところにある誰も知らない大きな木について書きたかった、と詩人は手紙に書いている。幹に掌を押し当てると、木の中を流れる水のつめたさが掌にやってくる。ふるさとを思いながら、そんな嘘をついたとき「ほんとうだ」と帰って来た声。それを忘れることができない「物語」を。




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