書かれなかった詩のための注釈(5) | 詩はどこにあるか

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書かれなかった詩のための注釈(5)

「私が私から遠ざかっていく」(三行目)ということばは、すでに何人もの詩人によって書かれているし、多くの小説の登場人物も語っている。引用と剽窃。それは孤独の(つまり、センチメンタルの)生あたたかい血であり、闇である。

「私が私から遠ざかっていく」は、詩の形式から言うと二連目の四行目で、もう一度繰り返さなければならないのに「すべてがこれだった」ということばに書き直されている。そのあと、「石」ということばが、唐突に割り込んできて「橋の上にあった」ということばと連結し、悲しみを象徴したものとなる。「石」は春の夕暮れの石のことである。

「橋」は、詩人のふるさとの街を流れるたった一本の河にかかっている。一本の河にかかった十七本の、欄干の隙間がそれぞれ違った橋。「早春の木の枝のように隙間だらけの欄干」と別の詩では書かれている。いまでも思い出すのだが、満潮になると、潮がさかのぼって、河口は生あたたかく濁る。これは、私が先に書いた注釈(三行目)の繰り返しである。







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