ジャン=リュック・ゴダール監督「さらば、愛の言葉よ」 | 詩はどこにあるか

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監督 ジャン=リュック・ゴダール 出演 エロイーズ・ゴデ、カメル・アブデリ

 ゴダールの3D映画。私が見たのは2D版なので採点は保留。
 男と女が出会って、別れて(たぶん)、再び出会う。これをいつものように、脈絡のないことばの引用と映像を組み合わせて展開する。ただし、「脈絡がない」というのはそこに登場する人物の意識のなかに「脈絡がない」ということではなくて、見ている私が「脈絡がたどれない」というだけの話である。だれの「生活」でも他人にはわからない「脈絡」がある。ゴダールは「脈絡」を消すことで、そこに「人間」のストーリーとは無関係のリアリティーの美しさを結晶させる。それだけである。
 それだけである、と書いたが、「それだけ」を踏み外さないところがゴダールのおもしろさ。
 今回の映画で私が感心したのは水の描写。船が動く。波が起きる。その波と、海そのものの波が溶け合う。そのきめ細かな、まるで水のコーデュロイの揺らぎのようなシーン。あ、これを3Dで見たらどうなるのかな? 引き込まれて溺れるかもしれない。
 車のフロントガラスを叩く雨。ぬぐい取るワイパー。滲む夜の明かり。色が、色なのに立体的に流れる。その不思議さ。あるいは、ただ不鮮明なだけの、灰色の雨とフロントガラスの関係。内部と外部が、「立体」ゆえに「立体」そのものとして融合していく感じ。あ、これも3Dで見ないことには、おもしろさがわからない。
 そこにあることを整理するのではなく、逆に「整理以前」(物語以前)に引き戻していく。ストーリーを内部から解体して、ストーリーになる前の、もとともの(あるいは人と人、肉体と肉体の)出会いにまで引き戻して、その「整理されない形」(造形になる前の形)を、そのまま描く。2Dだと空間を2Dに整理してしまっている。遠近感は、たとえば透視図のような形で整理されてしまっている。これが3Dだと透視図に整理せずに、ゆらぎのままの形で表現できる。何かが突然前にあらわれたり、そのことによって奥行きができたり。言いなおすと、「図(平面)」ではなく「動き(立体)」がそのまま、「立体」としてあらわれてくる。
 この突然の変化(立体の出現)も、きっと「脈絡がない」というゴダールの映像の感じを強烈に印象づけるのに違いない。手前に飛び出してくる必要のないものが、ぐいと手前に出てきて驚かすはずだ。たとえばポスターで見かける柵の向うに女がいて、その柵の奥から男の手が伸びてきて鉄の棒をつかむ感じ。手の甲が柵の手前に出てくるだけなのだが、その「立体感(遠近感)」をあらわす必要のないところに(「立体感」を感じずに脳が処理している世界に)、「立体感」がぐいと顔を出す。その突然の強烈な印象、脳の記憶をひっくりかえすような感覚が、観客の肉体そのものを不安にするはずである。
 さらに言いなおすと……。映画のなかの「立体(感)」はゴダールの視点(カメラ)をとおって再現された人工の「立体」だから、きっと見ている私の「立体(空間)」感覚を激しく揺さぶり、一種の酔いのようなものを引き起こすに違いないと思う。「立体」が流動する感じになるに違いない。「流動」のなまなましさを体験することで、世界の見方も変わるかもしれない。
 この奇妙な「流動感覚」というのか、自分では見たことのない「立体空間」という印象をひきおこすためなのだと思うが、犬を登場させているのは、とてもおもしろい。犬がでてきて、人間の思いとは無関係に草を食べたり、水を見ているのを見ると、犬の意識のなかの「立体感」はきっと人間と違うぞ。どう見えているのかな、ということが気になる。犬の目つき、姿勢から、犬のなかで動いている「ことば」を読み取りたくなってしまう。その犬がひどく人間的な表情をみせ、動きもためらいをふくんだものなので、とても奇妙な感覚に揺さぶられるのである。
 そんな感じで、あ、このシーン、あ、これも……と思いながら、映画を見るのだが、2Dなので、どうしようもない。これはきっとこんな感じ、そのとき感じるのは、きっとこんな感じ、というのは私の勘違いかもしれない。しかしなあ……ストーリーよりも映像そのものを見せる映画なのに3Dを2Dにしてしまうのは、「暴力」だな。
 私は眼が悪くて(さらに網膜剥離の手術をした関係で、左右の視力が違いすぎているために)3D映画は苦手なのだが、この映画は3Dで見ないことには、映画を見たことにはならない、と思った。
                     (2015年03月01日、KBCシネマ1)





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