「前を歩いている男」ということばが暗い行頭にあった。「雨」ということばが横から降ってきて、「靴のなかがぬれた」ということばは、あとから「靴下がぬれた」と書き直された。坂になった舗道には、「降る雨の上を、筋をつくって流れる水があった」ということばが落ちていたが、それを落としたのは「前を歩いている男」なのか「後ろから歩いている男か」なのか、もう、ことばが入り乱れてよくわからなかった。ウィンドーの明かりや車のライトが「滲んでいた」ということばといっしょに宙に浮いていた方がよかっただろうに……。
「前を歩いている男の頭のなかには」という聞いたことのあることばがあった。その後ろを「わかりたいとは思わない」という、これも聞いたことのあることばが、聞いたばかりのことばを「踏み潰すように」歩いている。そんなふうにして、「前を歩いている男」になってしまうことばがあるのだが、「何の役目をしようとしているのかわからない」という憤りのことばは、「きのうきょうの生活のなかから出てきたのではなく、積みかさなった日々の奥の、押しつぶされた時間のなかから出てきた」に変わるために、あと二時間は歩かないといけない。
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