椅子に座って、
卵を見ている。その男がなぜ卵を見ているか、そのことを
ことばは書きたいと思った。
夜遅く椅子に座って、
灰皿を見ている。灰皿にはたばこの吸殻がいらだった匂いを発して重なっている、
それを書いたのではつまらない詩になってしまう。
椅子に座ったその右側の引き出しが半分開いている。
外国のはがきがある。外国とわかるのはカテドラルが写っているからだ。
それは、ことばの書きたいことではない。
バスの椅子に座って外を何とはなしに見ていると、
バスが歩いている女を追い越した。女は大きな硬い鞄を持っていた。
どこか外国の街で見た風景のようだった。
椅子に座って、
引き出しのなかから取り出した封筒、切手のはってない封筒から取り出した
手紙を机の上に拡げた。その紙の谷と山の折れた形、
椅子に座って、
集中しなければと、ことばは思った。集中するために卵を見つめているのだ。
無意味に。
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