坂を下りて
坂を下りてしばらく行くと
家が壊されたあとの空き地があって、
その輪郭をつくる石垣がある。その輪郭の上を
ねずみいろということばが素早く走り、私を驚かせた。
ほかのどのことばへ向かって動いているのか、
不定形の石の影はグレー色、夜明け前の
蝋梅の黄色を引き立てる空は青が混じった灰色。
ねずみいろを受け止めるものがない。
楠木の影は形を消したままアスファルトと見分けがつかない。
藤田内科のビルの後ろの竹藪が風を求めて騒ぐ。
どこかでカラスが鳴いている。
ねずみいろは、やわらかな手触りで
母の着ていた服にかならず隠れていた。
雲のいちばん低いところを縁取る赤い色が見えた。