須永紀子『森の明るみ』の「森」は魅力的だ。
どこから入っても
いきなり深い
そのように森はあった
抜け道はふさがれ
穴は隠されて
踏み迷う
空を裂く
鳥の声は小さな悲鳴
枝をかきわけて
つくる小径
落下した星と虫
死骸の層に靴は沈み
凶音の泥が付着する
実を見ればかじり
青くしびれる舌
「青くしびれる舌」が美しくて、私は何度も読み返してしまった。森の深く、生きながら死んでいった星と虫。それは死にながら生きているのかもしれない。そういうものを踏みしめ、それを靴の底に感じる。その感じと、実をかじったときの舌のしびれが通い合う。実は食べられながら死ぬのか。あるいは実は食べられることで死ぬが、その死ぬは生きると言いかえることができる「毒」のようなものか。舌が、不吉なよろこびにしびれている。「青い」という形容詞が、私にはとても美しく感じられる。
山は私にとって、子ども時代の遊び場なので、この「しびれ」のようなもの、生と死の混じりあった苦さ(甘さ)の誘惑が「肉体」のどこかに残っていて、それが甦ってくる感じがした。
ああ、とてもいい詩だなあ。
でも、この8-9ページ見開きの最後にある「角。」は何? 印刷ミス?
ちょっと気にかけながら、無視して読んでいたのだが……。
あっ、声を出してしまった。
角。
壁。
目印。
町にあって
ここにないもの。
それなしではつかめない
方向もやりかたも
詩はつづいていたのだった。10ページ目をめくって、初めて気がついた。そして、その「角。」からつづく詩が、私にはどうもおもしろくない。「角。」は2連目。
3連目(最終連)は、
愚かさに見合った
わたしの小さな森で
行き暮れる
出口は地上ではなく他にある
そこまではわかったが
急激に落下する闇に
閉ざされてしまう
あれっ、森へは迷うために(迷うことで何かを発見するために)入っていったのではなかったのか。迷いながら「肉体」が覚えているものを甦らせる、そうやって生まれ変わるために入っていったのではなかったのか。
--まあ、それは私のかってな「願望」であったということなのだが。
「出口は地上ではなく他にある」というのは、もってまわったような言い方で、わざとらしい。「出口」を探すくらいなら「いきなり深い」森になど入らなければいいのに、と私は思ってしまう。「出口」から出られず「閉ざされてしまう」というのは、どうも気に食わない。
そんなことを思いながら詩集を読んでいくと、
わたしは再会の物語を書いていた
久しく会わない弟が鳥の姿になって現れ
離れて暮らした日々を語る (「夜の塔」)
あるものは弾け
芽を出すものもあり
それぞれのくぼみで
物語が始まる (「くぼみ」)
洞穴や廃家で明かす夜
破りとられたページは
一冊の本より雄弁に
物語のかたちをとって
世界の終わりを伝えた (「前夜」)
「物語」が何度も出てくる。そうか、須永は「物語」を書いていたのか。瞬間的な時間、その時間の厚みではなく、物語が抱え込む「長さのある時間」を書きたいのか。
「森」も森へ入っていって、迷って、出られなくなるという「時間の経過」を書いていたのか。一行一行は、たぶん、分割された「均等な時間」なのだ。一行のことばがあらわしうている世界、その世界を「時間」に換算したものが、そこに書かれているのかもしれない。
須永の書いているものが「物語」だと思って読めば、「アザゼル」は「神話」として魅力的かもしれない。
でも、私は「物語」にはあまり関心がない。小説を読むときでさえ「物語」がときどきめんどうくさいなあと感じてしまう。ある瞬間、それがたしかにあるな、と分かるときの昂奮が好き。「物語」になってしまうと、そこには私とは無関係な「時間の経過」があるような感じで、「共感」が薄れてしまう。
もっとも、これは私の「個人的な感想」なので、ほかの読み方をすれば、須永の詩は楽しいのかもしれない。「物語」に何か私の気づかないものが書かれているのかもしれない。
「物語」を完全に無視して私の感想を書くと、「丘陵」の次の2行、
影が左右に揺れ
聞いているとわかる
これはいいなあ。ここに書かれている「わかる」は「わかる」というよりも「悟る」が近いかもしれない。私の勝手な「感覚の意見」だけれど。ことばで説明できる何かではなく、ことばをつかわずにつかみ取った「真実」という感じがする。
「青くしびれる舌」の「青く」もそういう「真実」だ。
「物語」を否定する。否定することで、「時間」の奥、「肉体」の奥を外へひっぱり出すような、不思議なエネルギーがそこにある。
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