雨がやんだ夕方、
雨がやんだ夕方、映画を見るためにバスに乗る。
ケヤキ通りでは信号のたびに、
前の方にたまる赤いテールランプがにじみ、
反対車線をまぶしいヘッドライトが散らばるように走ってくる。
あれはバスのフロントガラスが雨に濡れているためにそう見えるのか、
空気の中にまだ雨が残っていて揺れるのか、
詩に書いて確かめてみたい気持ちになる。
舗道を歩く人はウインドーの明かりのために黒いシャドーとなって、
重なったり離れたりすることも。
きのう、詩の雑誌から戦後七十年企画のアンケートはがきが来た。
戦後の一冊の詩集を求められて、
「旅人かへらず」と書こうかどうしようか、迷った。
みんなが選びそうなので岡井隆「注釈する者」と書いたが
谷川俊太郎「世間知ラズ」がよかったかもしれない。
後ろの席では女子高校生の声がやかましい。
まだ降りないらしい。
いっそう、西脇になって「新・旅人かへらず」書いてみようか。
「ねえ、ねえ、たかはしくんの足、長くない?」
女子高校生のように
意味を書かずに、意味になる前のことを書くのだ。
コンビニエンスストアでボールペンを買って、
映画館の扉の前に列を作って、思い出しながら。
持ってきた文庫本、ヴァレリー「テスト氏」のカバーの裏に、
地下街へ降りる階段を三回曲がった、と。
女子高校生の靴は追いかけてこない、と。
「あきこは、たかはしくんのことばかり話すね」
地下の道は自然石とタイルと二本平行につづいているが、
自然石の方が足裏にひっついてくる。
あれは石の密度の間に空気があるからだ、
ときょう二度目の空気ということばを書く。
でも、くうきという音は妙に頼りないなあ。
*
新詩集『雨の降る映画を』(10月10日発行、象形文字編集室、送料込1000円)の購読をご希望の方はメール(panchan@mars.dti.ne.jp)でお知らせください。
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なお「谷川俊太郎の『こころ』を読む」(思潮社、1800円)とセットの場合は2000円
「リッツッス詩選集」(作品社、4400円、中井久夫との共著)とセットの場合は4500円
「谷川俊太郎の『こころ』を読む」「リッツッス詩選集」「雨の降る映画を」三冊セットの場合は6000円
です。