絵はがきに書き込めることばはあまり多くはないが、彼の場合は名人芸といってもいい。水彩画を描くように、ことばの濃淡を動かしながら、すばやく船旅で見た風景を書き留めていた。とても短い単語で。
光と影を対比させて、肉眼に見える以上によりもその差を強調すると、空気の透明感が感じられて美しくなる--と書き方のこつを教えてくれたのは、船が岸に近づいて行くときだった。
船が引き起こす水の揺らぎのなかで逆さまになる家並み。窓ガラスの反射と、塔の影のために暗くなる壁の色。知り尽くしている景色と錯覚してしまいそうだった。しかし、美しくととのえられる前の、知らないことの方がおもしろいかもしれない。
たとえば降りる準備をしながら冗談を言っている若者のことば(ドイツ語かな?)、シャツのボタンのとめ方、船の中の階段の磨り減り方。--それらを順番を気にせずに書き散らしたら、思い出したときに心が動くのに。
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