小倉金栄堂の迷子
真白な光がテーブルの中央に集中して落ちると、周りを囲んだ顔が鏡のように光った。顔の表面で迷っていた影が消し飛ばされ、どの顔からも表情が消えた。陰影がなくなると、眼、鼻、唇の形だけになり、顔というものは意外と同じものだと気づかされた。
向かい側、真っ正面の男がページをめくるために手を動かす。その隣の女も同じようにページをめくる。すると背後にエッジの強い影が走り、その際立った黒いものの動きが、さらに顔の違いを奪い去るので、読書会は仮面をかぶった集団の密会のようになった。
時間が経つに連れ、白い光は強くなり、開いた本のページの活字に影が深くなる。それは活字を紙から押し上げるようにも見える。だんだん活字が紙から分離し、浮き上がり、光のなかを昇っていく。
「あの光のなかで不純なものを焼きつくし、まだ開かれていない本のなかで新しく結晶するのだ」と最初に来たときに教えてくれた男が、そっと肩に手をおいて、昇っていく活字が何かはっきり見つめるようにと耳元でささやいた。
遠い海の上を、広大な闇を鮮やかな明かりをともした船が、一直線に進んでいくのが見えた。海の上では、波がこぼれた光を砕いていた。--という行を、あしたは探さなければならない、と思った。
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です。