西脇順三郎の一行(87) | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

詩の感想・批評や映画の感想、美術の感想、政治問題などを思いつくままに書いています。

西脇順三郎の一行(87)

「壌歌 Ⅱ」

でも永遠は永遠にのこる                      (99ページ)

 同義語の繰り返しを文学はあまり好まない。同じことばの繰り返しは語彙の貧困を想像させるからだろうか。しかし西脇にはこの繰り返しが多い。
 繰り返すと意味が違ってくる。
 この詩の場合、最初の「永遠」は概念である。しかし、繰り返される「永遠」は概念ではなく、具体的な「とき」(場所のような「とき」)である。--と書いてみても、それは抽象にすぎないのだが。概念にすぎないのだが。
 概念と概念がぶつかり、その瞬間に概念以外のものがみえたように錯覚する。
 詩というのは、こういう一瞬の錯覚のことかもしれない。