私はいま右ひじを骨折している。いままでつかっていた親指シフトのキーボードが使えない。左手1本だとアルファベット入力でも、uoiの母音を含むことばが書きにくい。fに人差し指を置いたままでは指が届かない。手のひらごと右へ移動しないといけない。その移動の間に、私は書きたいことを忘れてしまう――という状態で書いている。まあ、感想と言うより簡便なメモだ。文字も出てこないものがあり、そこでもつまずく。建畠あきらの「あきら」は「哲」の口が「日」(曰かな?)である。
で、引用しやすい作品、「葉桜の町」。
畳屋の二階で、鳥が殺されました
その時、窓の外では葉桜が我関せずと春風に揺れ
緩やかにカーブする道では
何も知らない家族のワゴン車が行き交っていました
この詩のキーワードは「我関せず」である。葉桜(自然)に「我」というものはない。関与しようにも関与できない。論理的にいいなおすと、「我関せず」は流通する「意味」の上からは余分なもの、あるいは間違いである。しかし建畠は書かずにいられなかった。無意識に書いてしまった。
「我関せず」は、終わりから3行目に、
大小の陶器もまた我関せずと木漏れ日の市に並び
という形で繰り返されているが、その行だけではなく、あらゆる行に「我関せず」を補っても世界は変わらない。もともと余剰であり、しかもそれは「無意味」の透明さ、無意識の透明さと一緒にあるからだ。
この「我関せず」の透明さを建畠は「何も知らない」ということばで言い直している。
2行目と、終わりから3行目は、
その時、窓の外では葉桜が「何も知らない」春風に揺れ
大小の陶器もまた「何も知らない」木漏れ日の市に並び
4行目は
「我関せずと」家族のワゴン車が行き交っていました
なのである。
で、この作品では、建畠は「我関せず」「何も知らない」ということを書いているのである。建畠自身、畳屋の二階で鳥が殺されたととの対して「我関せず」なのである。その事実を書いているけれど「何も知らない」のである。
「我関せず」「何も知らない」ときも、世界は存在する。
しかし、建畠は、そう突き放せない。
大小の陶器もまた我関せずと木漏れ日の市に並び
葉桜は柔らかな風に揺れ
ああその時、畳屋の二階では、鳥が殺されたのです
1行目を繰り返し、繰り返すことで「額縁(枠)」を作る。世界を構造的に作り上げる。「我関せず」なのに、そこに描かれた葉桜、家族、ワゴン車、陶器などを、世界の構成要素にしてしまうのである。
で、このときのポイントは、繰り返し。1行目と最後の「畳屋の二階では、鳥が殺された」という繰り返し。重要なのは、畳屋でも、鳥でも、殺しでもなく、繰り返すこと。繰り返すと、そこに枠ができ、枠の「内部」が生まれるということ。内部は「我関せず」どうしの集まりだけれど、どんな「我」であってもそれぞれの「来歴(過去)」というものがあるので、それが影響しながら内部を濃密にしてゆく。
という言い方は、抽象的すぎるか・・・
言い直すと、葉桜、春風、カーブする道、陶器・・・なんでもいいが、そういうことばは「読者の覚えている」葉桜、春風と結びつき、ひとつの世界を存在させてしまうのである。読者の、たとえば葉桜の記憶に建畠は「我関せず」なのだが、何の関係もないのに出会ってしまう。出会うことで、ことばの記憶を繰り返してしまう。繰り返すと、そこに「意味」や「情緒」が生まれてしまう。
――この詩集は、そういうことと向き合いながらことばが動いている。
(私は目が悪く40分以上は書くのがつらい。左手だけで書いているので、いつもは右手で動かしていることばが半分消えてしまったかもしれない。)
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