アンドリュー・ドミニク監督「ジャッキー・コーガン」(★★★★) | 詩はどこにあるか

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監督 アンドリュー・ドミニク 出演 ブラッド・ピット、リチャード・ジェンキンス、ジェームズ・ガンドルフィーニ

 1シーン、とても気に入った。ブラッド・ピットが賭場の支配人(?)を銃で殺すシーン。隣につけた車から運転している支配人を狙う。スローモーションで銃弾が飛び出し、ガラスが割れ、頭を銃弾が貫き、頭から血が噴き出る。さらに銃弾。ガラスが飛び散る。そこへ車がぶつかってくる。そしてまたガラスが飛び散る。フロントガラスに支配人の頭がぶつかり、フロントガラスも蜘蛛の巣状にヒビが入って、それから割れる。しつこいくらいにガラスと車の車体が分解・分散していく映像がつづく。それを見ていると、あ、これは、

死んでいく瞬間に支配人が見る世界

という気持ちになる。脳を銃で破壊されたら、何も見えないかもしれない。でも、その見えなくなる一瞬手前で見る世界、脳が破壊される時間と、網膜が世界をつかみ取る時間のあいだ、その時差のあいだに、これがある--と思える。
 そして、その美しさに、思わず、あ、これを見たい、と思ってしまう。それを見ると死んでしまうんだけれど、うーん、死んでもいいからそれを見たい。そういう矛盾した(ぶっとんだ?)感じ。
 これに輪をかけるが、そのときバックで流れる曲。「風のささやき」(でよかったかな?)、スティーブ・マックィーンとフェイ・ダナウェイの「華麗なる賭」の主題歌。それがけだるい声で、耳元でささやきかける。ね、死んで行くときって、世界はこんなにあざやかに輝いて見えるし、耳元には苦痛とは無関係な甘い音楽が鳴っている。
 いやあ、いいなあ。死ぬなら、ぜったいこういう感じで死んでゆきたいなあ。世界がばらばらに砕け散るのを見ながら、一方でやさしい音楽が全体をつなぎとめる。ぎすぎすした金属音やガラスの割れる音、衝突音かはどこか遠くへ消えてしまっている。
 いいなあ、いいなあ。
 でも、危ないね。だから、だれにでもおすすめできる映画ではないのだけれど。でも、おもしろい。
 このシーンにかぎらず、だいたいがこの映画、「殺し」がテーマなんだけれど、その「殺し」という異常な世界が、なんだかとっても美しくうっとりさせる感じで肉体に迫ってくる。美しい現実になる。
 「頭」と「肉体」の微妙なズレのようなものが、執拗に描かれて、それがなぜか快感である。
 たとえばチンピラ二人がドラッグでもうろうとしながら、奪った金について話している。ドラッグを仕入れてさらに金儲けすることを話している。そのとき、もうろうとした頭に世界がどんなふうに見えるか--世界が近づいたり、離れたり、声が聞こえたり聞こえなくなったり。もうろうとなりながら、逆に、ある部分が覚醒してきたり。ぶっ飛んでいるはずなのに、恐怖が覚醒を引き起こしたり。その「揺らぎ」をきちんと映像にしている。
 ニューヨークからやってきた殺し屋は殺人はそっちのけで、酒と女に溺れている。その酒の溺れ方。そのときの、ぼんやりした感じ。肉体がだらしなくほどけて、女の話ばかりしている。殺して金を手に入れるというビジネスがなおざりにされている。わかっているのに(?)、酒がやめられない。酒を飲みながら、眠くてねむくて、ぼんやりする。そのときの、彼に見えている世界--それが、実におもしろい。
 これに比べると、ブラッド・ピットと殺人の依頼者(ドライバー)に見えている世界というのは、酔い(?)による揺らぎがなくて、まあ、退屈だねえ。「知り合いを殺すのは苦手だ。殺さないでくれと哀願されるとたまらない。だから、苦しまないように、(気がつかいように)ぱっと殺してしまう。キリング・ゼム・ソフトリー(原題)」というブラッド・ピットの意識のなんという色気のなさ。こんな冷めた「頭」はつまらない。やっぱり、逸脱した世界そのもの、ふつうでは味わえない「恍惚」を味わいたい。死ぬなんて体験は、一生に一度なんだから、ぜったいにすばらしい感じ、絶対的な恍惚を味わいたいよね。そうなるようにブラッド・ピットは「やさしく」殺す? そうかもね。
 人間の、だれも体験したことがない恍惚--これを描きたかったんだ、という監督の喜びがジカに伝わってくる、とんでもない映画。
 どう? 見てみる?


 
 あ、書き忘れた。「風のささやき」と少し関係があるのだけれど、音の処理がこの映画はとてもおもしろい。しょっちゅうブッシュとオバマの声がテレビから流れている。テレビにオバマが映ることもあるけれど、ぜんぜん映っていないのに、そこにふたりの声が必要でもないのにその声が聞こえる。賭博場を二人組が襲うときのバックにもテレビから聞こえる。テレビは映らないけれどね。そのときのアメリカの現実と、それとは分離した世界での強盗、殺人--そのすれ違い。もちろん、そういう犯罪が起きることと政治を重ね合わせて何かいってもかまわないけれど、まあ、無関係に、と考える方がこの映画にはあっているね。殺されるときの苦痛(?)と、死んで行く人間が体験する硬骨とが無関係であるようにね。
                       (2013年04月28日、天使東宝5)





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