
監督 若松孝二 出演 寺島しのぶ、佐野史郎、高良健吾、高岡蒼佑、染谷将太
タイトルの文字が出るまでがとてもいい。路地の階段を女が駆け上ってくる。カメラがその女を追いかけ、追い越し、フレームの枠は風景をとらえている。その端っこをさっきの女がかすめて駆け抜ける。頭の一部が映るだけで、全身は映らない。ただひしめき合う家(屋根)があり、その向こうには海がある。山がある。空気がある。土地こそが主役だと感じさせる。土地が人間を生かし、育てているという感じが伝わっててくる。あ、中上健次の世界だ……。
その前の、山の、蒸気がむわーっと立ち上るシーンもいい。水分が群がって、また散っていく。山の緑は、そういうものを無視して(?)悠然とそこに存在している。随所に映される路地の風景、ひしめき合う家や階段、そして窓……。そういう風景も、とてもいい。土地の空気が生きている。
でも。
役者が芝居を始めると、とてもつまらなくなる。特に寝たきりの寺島しのぶと遺影の佐野史郎の「やりとり」がくだらない。ふたりの会話が映画の「枠組み」というか、ストーリーの「枠組み」を説明するのだが、おいおい、そういうことを「ことば(台詞)」で説明してしまったら映画にならないだろう。遺影の写真が動いて話すなんて、冗談にしたってばかげている。そういうふうに見えるのは寺島しのぶにだけ起きることがらであって、観客は関係ないだろ? ひどい。しらけてしまう。
もし、物語の構造をことばで説明する必要があるならナレーションにしてしまえばいいのである。映画のなかで、三味線にあわせて歌が流れるが、あの歌をナレーションにしてしまえばいいのである。繰り返し繰り返し同じ旋律が揺れ動き、それにあわせてことばが少しずつかわる、というふうにすれば、どれだけ中上健次の世界に近づけただろうか、とそこは残念で仕方がない。ことばの奥を流れる声の旋律、自然に生まれてくる音楽--ことばを超えるもの、肉体の奥にある響きこそ純粋で美しいという中上の思想(哲学/肉体)が鮮明になる。その方がもっと早撮りできるだろうとも思う。(夜の海辺のシーンで、海鳥が飛んでいたが、あれは日中撮影して、色のトーンをかえた、いわゆる「アメリカの夜」という早撮りの手法であろう。)くだらない「枠組み」を撮影せずに、もっとほかの部分を丁寧に描くべきだったのだ。
だいたい、寝たきりの寺島しのぶがときどき手を合わせて登場人物を紹介するのだが、それって「ことば」を聞いていない限り、高良健吾、高岡蒼佑、染谷将太の区別がない。これじゃあ、映画ではない。だれそれはこうだった、などと説明しなくても、そこに役者が出てくるだけで、お互いの関係がわかるのが映画(あるいは芝居)というものだろう。3人の血の繋がりをことばで説明されたって、どうしようもない。「頭」で3人の関係を理解するのではなく、肉体が発するもので3人の共通性と、それとは逆の個別性をつたえないことには映画にならない。
この映画には、肉体がないのである。肉体の内部を貫く輝かしいもの、共通の響き(音楽)が役者の肉体によって共有されていない。役者が出てくるが、役者の肉体は動いていないのである。寝たきりの寺島しのぶが動いていないように、遺影の佐野史郎が動いていないように、「主人公」の3人も動いていない。
原作の、中上健次の、「千年の愉楽」のうねるような文体、主語と述語がねじれるようにして世界を押し広げていく文体が、まったく感じられない。こんな、放蕩を繰り返した一族がいた、彼らは美貌ゆえに女にもて、それゆえに不幸にもなったというようなことを中上は書いているわけではない。
その残酷な「改悪」に輪をかけてひどいのが、高良健吾の山での芝居。あるいは染谷将太の薪割りの芝居。山の中で下草を刈ったり、斧で薪を割っている感じがまったく伝わって来ない。そういう仕事をしたことをないのはわかるが、したことがないならないで、ちゃんと「練習」しないと。体が芯から動いていない。単に「行為」をなぞっている。芝居の芝居をしているだけ。学芸会よりひどい。こんなへたくそな芝居をスクリーンに映すな。寺島しのぶが新生児を沐浴させるシーンは、寺島が演じているかどうかわからないが、手だけしか映していないところを見ると寺島ではないのかもしれない。それと同じように、吹き替えにしてしまえばいいのである。山仕事をしたことがないばかりか、山にさえ入ったことのない若い役者を山につれていっても、山の空気を呼吸し、それと一体になることさえできない。そんな役者を山につれていけば、山が「書き割り」になってしまう。ロケの意味がない。
自分の肉体の中にある、何か分けのわからないものに突き動かされて動いてしまう若者の悲劇が神話にまで高められている小説が、まるで紙芝居。生き物の、野蛮というか、エネルギーが欠如したまま、ストーリーが簡便に語られるだけの、ほんとうにひどい映画である。ここまでひどいと、あ、小説を読み返して、中上の世界に浸りなおそうという気持ちにさえなれない。
(2013年03月21日、中州大洋2)
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