
監督 ミヒャエル・ハネケ 出演 ジャン・ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール
ミヒャエル・ハネケの「ピアニスト」「白いリボン」は好きだが。人間の本能のようなものをさらしだしてみせる強さがある。
今回の「愛、アムール」は好きになれない。老老介護に疲れたからなのか、あるいは愛ゆえに、愛する妻の苦しみをこれ以上見ることに耐えられなくなったのか。そのどちらも「本能」の行動なのだが。
うーん。
私は、エマニュエル・リヴァの、この映画での演技が、一か所を覗いて、嫌いだ。そういう演技をさせてしまったハネケが嫌いだ。脳の血管の障碍、手術後の後遺症。その、病人の姿をそのままなぞった演技が、気に食わない。半身不随から言語障碍へと進行していき、寝たきりで介護を受ける。その、なまなましい演技が好きになれない。まるでほんとうの病気の人である。その迫真(?)の演技は、まるで演技ではなく、ほんもの、という印象を与える。その場で病人の姿を見ているような苦しさ、切なさがある。だから、それは「うまい演技」なのかもしれないけれど。
うーん。
違うなあ。
映画はストーリーを見ると同時に役者を見るものである。ストーリーに役者が隠れてしまう(役だけを演じてしまう)映画というのは、私は、どこか「間違っている」と感じてしまう。「ほんもの」に見えてしまう演技というのは「間違っている」と思う。
この映画の対極にある映画、たとえばクエンティン・タランティーノ監督「ジャンゴ 繋がれざる者」。私はストーリーを見るというよりも、役者を見ている。サミュエル・L・ジャクソンがほんとうはどういう人間か知らないが、そこで黒人差別主義の黒人を演じている。あ、サミュエル・L・ジャクソンって、こんなに愚かな、こんなにひどい男なのだと思い、あきれて、笑ってしまう。これはサミュエル・L・ジャクソン本人に対する「誤解」というものだろうが、そういう「誤解」をさせてくれるのが「演技」というものである。だから、「ジャンゴ」について書いたときに触れたのだが、ディカプリオのストーリーのクライマックスでの「迫真の演技(真剣な演技)」は、いただけない。えっ、ディカプリオってこんな男だった?と思わせてくれない。そこには、演じられた「役」のキャラクターしかない。そのキャラクターがディカプリオそのものになっていない。「役」に乗っ取られて、「役」を突き破っていかない。「ほんもの」が出てこない。--この「ほんもの」というのは、ほんとうのディカプリオというのではなく、偽物であっていい。偽物なのに、えっ、こいつ、こんな男かという「人間」の本質みたいなものがディカプリオの顔をして出てこないと映画はおもしろくない。クリストフ・ヴァルツという人間はどういう人間なのか、私はもちろん知らないけれど、映画を見ていると、「役」ではなく、瞬間的に「なま」の人間を見ているような感じになる。そういうのが、「演技」というものだと思う。それをみせるのが「役者」だと思う。ふつうの人がもっていない「顔」をもっている人間の特権だと思う。
あ、私はどうも「愛、アムール」について書きたくないらしい。ほんとうに、いやな映画だ。まあ、そういう「いやな」感覚を呼び覚ます--というのが今回の映画の狙いだとすれば、それはそれでハネケらしい仕事と言えるのかもしれないけれど。
エマニュエル・リヴァの演技は大嫌いだけれど。一か所だけ。あ、ここはすごいと思ったのが、ジャン・ルイ・トランティニャンから果物をすりつぶしたものをスプーンで食べさせてもらうシーン。最初の一杯はトランティニャンがなれていなくて、うまく食べさせられないのだが、2杯目を促すとき、目の輝きが一瞬かわる。「さあ、食べさせて」と誘うような、「食べたいのよ」と訴えるような目をする。こんな流動食なんかいやだ、という気持ちを突き破って、胃袋が反応し、それが目の輝き、トランティニャンを見つめるまっすぐな力になる、その一瞬。あっ、と思わず声がでそうになる。その欲望の目は、その一瞬だけで、次からはまた拒絶の目になるのだが。--なんというか、「間違えた」ように輝く目の、その「間違いようのない本能」のような瞬間が、私を貫く。
エマニュエル・リヴァがほんとうにしたいことは何なのだろう。彼女の肉体がほんとうに欲求しているのは何なのだろう。そしてそれは精神とどんな具合に闘っているのか。そのことを考えさせてくれる。そういう意味では、あの一瞬の目の輝きだけで「主演女優賞」に値するとは思うけれど。
他のシーンが、あまりにも「精神的」すぎる。「心理的」すぎる。肉体を見ている感じがしない。「苦悩」そのものを見せつけられている感じがする。その苦悩がだんだんトランティニャンを侵蝕していくというのは、まあ、とてもよくわかるけれど。その分、役者の特権、肉体的特権というものが映画では否定されて、あまりうれしくない。
--というような視線で見てはいけない映画なのかもしれないけれどね。
(2013年03月10日、ユナイテッドシネマ・キャナルシティ、スクリーン3)
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10日、ユナイテッドシネマで14時すぎからの3D映画を見る予定だった、誰かさん、見ることができましたか? 券売機のなかにチケット(2000円)が残ったままだった。劇場のひとにチケットを預けたのだけれど。
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