クリストフ・ヴァルツがとてもいい。こんなものはどうせ映画、という感じで楽に演じている。狂言回しという役どころだから、この感じがとってもいい。
前にアカデミー賞をとった、なんだっけ、ドイツ人将校のときもそうだったけれど、その人物に没入してしまわない。あくまで演じる。演じながら、「本人」を見せる。
まあ、その見せている「本人」も演じられているものかもしれないけれど。
役者というのは、そこで演じられている「人物」そのものであるとき、その演技を名演ということが多いのだけれど(まだ見ていないけれど、「リンカーン」のダニエル・デイ・ルイスがその代表例だね。スクリーンをとおして見るのはあくまで「リンカーン」であってダニエル・デイ・ルイスではない、というときに、「名演」と呼ばれる。だから……「ヒッチコック」では主演がメークでそっくりさんをやるね。うーん、悪趣味)、私はそういうのは好きじゃないなあ。
その「人物」を演じるふりをして、自分を見せる。そういう役者が好きだなあ。
役者というのは、そこで演じられている人物の「過去」をもってスクリーンにあらわれないといけない。(舞台では、もっとその要求の度合いが強くなる。)役者がもちこむ「過去」を存在感というのだけれど(私の定義では)、その「存在感」が「役」を突き破って動くとき、なんとも楽しい。「役」にしばられずに、のびのびした感じになる。
代表的なのが「ローマの休日」のヘップバーン。だれもどこかの国の王女なんて感じでヘップバーンを見ていない。若くて輝きに満ちたおてんば(?)な少女はこんなに美しいのか、とそれだけの感じで見ている。ストーリーは付録だね。ここまでいくと、完璧にスター。役者じゃなくてね。
クリストフ・ヴァルツにも、何か、そういう匂いがある。ストーリーを突き破っていく「なま」な感じがある。
賞金稼ぎで、金のためなら子どもの前でも人を殺すということに対して平気なのだけれど、その一方で「奴隷制度」には反対だし、黒人差別にはもちろん反対。そういう奇妙な役を演じていて……。途中、ジャンゴの妻の話を聞き、ジークフリートの神話を思い出し、急に、その神話のなかの「ドイツ精神(?)」に触れて、一気に純粋になる。--まあ、このストーリーはクリストフ・ヴァルツにあわせて作り上げたものなのかもしれないけれど、その部分で、「役」でありながら、「役」を超えて、ドイツ人の「神話」の顔がいきいきと出てくる。遠く離れて座っていたクリストフ・ヴァルツがジェイミー・フォックスに近づいてきて、話をつづける。そのときの表情なんかが、「西部劇」を完全に超越する。「奴隷制度」も超越する。あ、この人は、こういう「物語」を生きているんだ。つまり、こうい「過去」をもっているんだ、ということが、なんというのだろう、ストーリーの「説明」であることを超えて動きだす。
これがあるから、ディカプリオと会ってからのクライマックスの急展開に説得力がある。ひとりの人間としてディカプリオのようなアメリカ人が嫌い、というのではなく、ドイツ魂としてアメリカ人の根性が嫌い、という感じで感情が爆発する。その爆発が「きれいごと」じゃなくて、ドイツ魂として噴出する。これは、ほかの役者じゃできないねえ。
目がいいのかもしれないなあ。「目はこころの窓」という言い方があるが、クリストフ・ヴァルツは、演技をしながらも、目だけは「ほんもの」のクリストフ・ヴァルツを出しているのかもしれない。何か、引き込まれる。だから、この映画のように、まるで「マンガ」みたいに誇張した動きをしても、それが美しい。
レオナルド・ディカプリオは黒人奴隷同士を死ぬまで戦わせて、片一方が死んだとき、つまり自分のもっている奴隷が勝ったときの無邪気なよろこびの爆発などの演技は、「ほんもの」が出てきておもしろいけれど、クリストフ・ヴァルツの「目的」を見抜いてからの、「悪人」の演技がだめだね。「ほんもの」が出てこない。あそこで、クリストフ・ヴァルツみたいに、残酷さを「ほんもの」として出せるといいんだけれどなあ。だれでもがもっているピュアな残酷さ、狡猾さというものが出ると、サミュエル・L・ジャクソンを「右腕」として離せない根拠のようなものが浮かびあがり、映画が濃密になるんだけれどなあ。
でも、まあ、これは「お遊び」映画だから、そういうことはどうでもいいのか。いや、「お遊び」映画だからこそ、そういうところが大切なんだと思う。クエンティン・タランティーノも馬鹿な奴隷運搬人を演じて遊ぶだけではなく、もうちょっと、役者にも「遊び」の演技の大切さを教えないとね。レオナルド・ディカプリオとクリストフ・ヴァルツの後半の演技にディカプリオ「なま」が出てくると、この映画は傑作になる。いや、それが「なま」でなくてもいいのだけれど、えっ、ディカプリオって「ほんとう」はこうだった?と錯覚させてくれる「なま」が出てくるとうれしいんだけれどなあ。
サミュエル・L・ジャクソンなんか、「ほんもの」はどうかしらないけれど、そうか、これが「ほんもの」かと思わせるところがあって、やっぱりぐいとひっぱられる一瞬がある。いや、ほんとう、ディカプリオが、この映画の「疵」だね。私はディカプリオが大好きだけれど、そう書かずにはいられない。
(2013年03月03日、天神東宝1)
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