端からくずおれてゆく 谷内修三
新しいビルの冬のガラス窓が空白に見えるときみの声が言う
その朱泥を持たない鏡の薄青い悲しみに映るのは
福岡市中央区赤坂二丁目・ケヤキ通りの盛り土のような傾斜のかすかな坂
そしてひびわれた舗道の内部には誰も知らない暗さに凍えて震える灰色の根
そんなものがあることも知らずことばから遠く見放され
秘密を滑らせるように不安定な昼の光が濡れたアスファルトをなぞるとき
見知らぬ人がバスを待つその上空で絡み合うきのうの夜の喘ぎより細い梢よ
そばにいるひとのそばで半壊する孤独の陰影の先端に触れていらだち
いちばん白い冬の雨粒は無数の霧に際限なく分裂し流れるままに
いのちあるもののように群がり、いのちあるもののように端からくずおれてゆく
ビルを越える風に吹き乱されるその白い色の沈黙の深さに
遅れてやってくるバスのやわらかなブレーキが似てしまう
ので私は書店キューブリックの新刊書のページをめくりにゆく
「過去には時間がなく思い出すとき過去は過去になるというのは
知っていることだけれど、悲しい過去でも
思い出すとこころがなごむということがわからないのはどうしてかしら」
新しいビルの冬のガラス窓が空白に見えるときみの声が言う