ベネット・ミラー監督「マネーボール」(★★★★) | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

詩の感想・批評や映画の感想、美術の感想、政治問題などを思いつくままに書いています。

監督 ベネット・ミラー 出演 ブラッド・ピット、ジョナ・ヒル、ロビン・ライト、フィリップ・シーモア・ホフマン

 とても手際のいい映画である。特にブラッド・ピットの「過去」の描き方がいい。挫折した人生は感情移入しやすい(感情移入を誘いやすい)ので、描き始めると情報が多くなる。それを最小限に抑え、あくまで「未来」に力点を置いている。そのため、映像にスピードが出る。野球映画なのに、野球のシーンそのものは少ない。「20連勝」さえ、カタルシスはない。はらはらどきどきが少ない。(私だけ?)妙に安心して見てしまっている。
 それよりも。
 ブラッド・ピットとフィリップ・シーモア・ホフマンの対立。どの選手を起用するかでもめる。監督のやり方に反対するブラッド・ピットは、メンバーを変更させるために、監督が使いたい選手をトレードで放出するという強硬手段をとる。この「冷酷」な選手の使い方(首の切り方?)や、その実行の仕方(ジョナ・ヒルをつかって「首切り宣告」する)がとてもおもしろい。ジョナ・ヒルに予行演習させ、だめだしするところなど、何気ないのだが「過去」がしっかり描かれている。あ、ブラッド・ピットはこういうふうに選手であることをやめさせられたのだと分かる。ブラッド・ピットの「過去」が「18歳のルーキーの映像」と「いまの決断、いまの行動」の組み合わせで立体的になる。そしてその立体感がそのまま、ブラッド・ピットという人物の立体感になる。
 このブラッド・ピットの立体感――他の登場人物とは違うね。他の人物も「過去」を持ってはいるのだが、それは「線的」。特徴的なのがスカウト陣。彼らはどうやって選手を評価するか、誰をスカウトしたかという「線」しかもたない。「未来」もその「線」の延長線上にある。疑問がない。「過去」は「いま」をうしろから押すだけであって、「いま」を突き破って行かない。というか・・・。そういう「時間」を生きている人間は「いま」がそれまでの「過去」と分断してしまうことを恐れている。
 ブラッド・ピットは「過去」の「線」を交錯させ、「面」にし、さらにそこに自分の持たない「過去」(ジョナ・ヒルの経済学的分析)をからませ、「立体」にしてみんなを飲み込んでゆく。それがさらに「野球理論」をものみこんでゆく。これが、おもしろい。こんなややこしいことを、この映画はさらりと描いてしまう。
 もしかしたらブラッド・ピットはこの映画以降変わってゆくかもしれない、という期待まで抱かせる映画である。


カポーティ コレクターズ・エディション [DVD]
クリエーター情報なし
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント