現代詩講座「田村隆一試論」(2)(受講生作品篇)
(よみうりFBS文化センター「現代詩講座」、2011年08月22日)
<課題>田村隆一になってみよう。――8 月8 日に読んだ田村隆一を参考に、田村隆一になったつもりで、詩を書く。その際、かならずひとつは田村の詩のなかのことばをつかう。
<受講生の作品>
真夏の詩について 石川希代子
羨望の先鋒 ぽっちり光る
木 ひとつの木は たつ
原野であれ文化文明の瓦礫の中でも全て荒野
地球球体の西側は灼熱 熱線で
人も家畜も焼かれ炙られ緑は全て自然発火
東側ではひたすら冷い寒風 吹雪
こころだけでは足りなくて皮膚の下まで満たした魂を煮えたぎらせ
木は気として 時にことばを暗号化する
転んだまごころは 二千十一年の東の島国
ほんの一角で世界の裏返しを見た
飢えた人は 詩に死をからませ
詩格の重さに自己の刺客を
受講生感想「最後の2行、死と詩の、同じ音の組み合わせが田村ぽい」
谷内感想「「こころだけでは足りなくて皮膚の下まで満たした魂を煮えたぎらせ/木は気として 時にことばを暗号化する」がかっこいい。「暗号化」が面白い」
午前十一時二分 岩永恵美
野に墜ちた太った男は
黒い脂肪を拡散する
胞子が天をあけたとき
我々の子は地に臥せた
音なき声は かつての空のためにある
姿なき体は かつての川のためにある
今、緑あふれる世界は憧憬の中
今、この世界は一握りの頭の中
なぜと問う人は どこへ行ったのか
なぜ問うと問う人は 安全地帯に鎮座する
聞け 叫びが あの山を越える様を
見よ 願いが あの海を越える様を
静寂の園に御霊が集う
受講生感想「「なぜ問うと問う人は」が面白いが、そのあとの「安全地帯に鎮座する」は他の言葉があったのでは」
谷内感想「長崎原爆のことを書いているのだと思う。「音なき声は かつての空のためにある/姿なき体は かつての川のためにある」の対句が面白い」
幻を見る人 上原和恵
詩人から父がはい出してくる
関東大震災の少し前に生を受けた男たちに
殺し合いがあった
青年たちは知性を奪い取られていた
男たちから未来は消えていた
闇だけがあった
詩人は父と同じ地面に立ち 同じ空気を吸った
父と詩人は知性をひそめ 沈黙を守った
どうして二人は交差しなかったのだろうか
ただどうしてそうなのかわたしにはわからない
父は沈黙を守り続けた
父の未来は閉ざされ市井に紛れ込んだ
未来がひらけた詩人は言葉で先行した
詩人の言葉のなかに父の沈黙は内包され
わたしのなかで沈黙は言葉となって
重さを増す
受講生感想「父と詩人の対比。詩人の本望を見る」「「どうして二人は交差しなかったのだろうか」が印象的」「「詩人の言葉のなかに父の沈黙は内包され」がいい。声にならなかった声が誰かに代弁されて、引き継がれてゆく」
谷内感想「交差ということばを田村が使っているかどうかわからないが、交差のつかいかたに、田村っぽさを感じる。書き出しの一行目が象徴的で印象に残る」
幻を見る人 小野真代
誰もいない野原に骨が落ちる
けものが骨を拾う
けものは無数の骨でできている
風が運んでくるいろいろなもの
昨日の告解 今日の喜び 明日の裏切り
誰かの歌声 子どもの祈り
けものに音は届かない
けものは光を感じない
けものは怒りに支配されている
骨はかつて言葉を知っていたのだ
花の美しさを語り
大事な人をなぐさめ
宝石のように言葉を紡いだ
今ではけものの咆哮しか吐きだせない
けものは誰にも止められない
こもの自身ですら止められない
無数の骨がきしむ音
空は燃え
海は枯れ
世界が終るところまで
骨は落ち続ける
けものは永遠に死なない
誰もいない世界でけものが吠える
受講生感想「けものということばの使い方が面白い」
谷内感想「印象的な行がたくさんある。「けものは骨でできている」「骨はかつて言葉を知っていたのだ」が強い。三連目の前の二行もいい。「昨日の告解・・・」の言葉の動きが飛躍があって楽しい」
それより 吉本洋子
私はそれより後に生まれた
それより先に生まれた姉は
私の生まれる二日前に居なくなった
この町での挨拶は前ですか後ですか
それはそれは
で 始まって終わる
今はもう空には鳥が飛び
地には夾竹桃が咲き続けている
今日
咲き続けている夾竹桃の上に
空が拡がる
あの町にも
海を越えた都市にも繋がる空だ
それより後に生まれた空だ
無添加の空だ
眼の鼻の耳の記憶の無い空だ
花弁が月足らずで散って
欲望を感じない若い雄が徘徊する
明るい空の下だ
谷内感想「「それより」の「それ」は戦争だと思って読んだ。「眼の鼻の耳の記憶の無い空だ」が印象に残る。「花弁が月足らずで散って」の「月足らず」ということばの使い方がおもしろい」
*
水の定義 谷内修三
コップの中に水がある
ペットボトルから注がれたその水の恐怖と愉悦を定義せよ
机の上には午後の疲労が静かに光っている
水を飲むわたしの肉体のなかの倦怠のように
最初の水は海だった なぜ選ばれたかわからないまま
天空の苦い誘惑と甘い拒絶を定義しようとするが
果てしない不安に激しく叩かれ墜ちるそのとき
わたしはどこにも存在しない大地をくぐる宿命なのか
だが「半壊の雲よ、きみのなかで闇は崩れる」と
言ったか言わなかったか森の奥深く太古の樹の根は震え
おお 季節の初めの春よ 時間よ
残酷な愛撫という定義 嫉妬という空虚な定義
水よ水よ 虚構を定義するとき憎悪の都市を川が流れ
水道管の破壊を定義するときふるさとがわたしを呼ぶ
文字を書くインクに水はなくわたしのことばには
花を濡らす水もなく乾いた逆説のように消える
*
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【受講日】第2第4月曜日(月2回)
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