アニメと映画は違う--という当たり前のことをこのアニメは端的に教えてくれる。シンプルな映画は美しいが、シンプルなアニメは美しいとはかぎらない。
ジャック・タチの映画のおもしろさは、シンプルさにつきる。ジャック・タチの表情はシンプルだし、肉体の動きもシンプルである。シンプルだけれど、そこにノイズが入る。ジャック・タチは、音楽の面から言った方がいいのかもしれないけれど、映画の中にノイズを巧みに取り入れている。日常のありふれたノイズを音楽にまで高めて取り入れているが、肉体の演技のなかでも、肉体のノイズを有効につかっている。この肉体のノイズはアニメでは不可能である。アニメは最初から何かが省略されている。ノイズが省略されている。役者が必然的に持っている「過去」というものを持っていない。いい意味でも悪い意味でも、アニメのキャラクターは抽象であり、創作物なのである。人間は(役者は)あくまで具体であり、拭っても拭っても拭いきれない「過去」の人生を持っている。アニメはどんなに精巧に描いても、この人間の持っているノイズを持ちきれない。どんなにがんばってみても人間の持っているノイズには追いつけない。
これがたとえば人間ではなくロボットであったならノイズは有効である。たとえばピクシーの大傑作「ウォーリー」。最初の方にコウロギ(?)がウォーリーの体をはいまわるシーンがある。ウォーリーがくすぐったくて笑う。ロボットだからくすぐったいはずはないのだが、そのくすぐられて笑うということが人間の肉体の感覚とつながり、急にウォーリーが人間に見えてくる。くすぐられて笑うという「肉体」のどうしようもない生理反応のノイズが巧みに取り入れられている。先割れスプーンをフォークに分類すべきか、スプーンに分類すべきか悩んで、中間にあたらしい項目をつくるところなども、人間の頭脳のノイズをあらわしたものといえる。そういう「論理化されていない」何か、一種の反応としてのノイズの力というものが、この「イリュージョニスト」には欠落している。
脱線ついでに書いておけば、シルヴァン・ショメの前作「ベルヴィル・ランデヴー」(★★★★★)にはいろいろなノイズがあった。たとえば少年の飼っている犬。おもちゃの列車に尻尾をひかれたことがトラウマになっていて、アパートのそばを列車が通るたびにほえる。たとえばニューヨークのカエルたち。3人しまいが爆弾をもってカエル取りにやってくると、大急ぎで逃げる。そんなところに「人間的ノイズ」があった。
今回の映画には、そういう「人間的ノイズ」がない。「人間」が主役だからノイズを持ち込むことが難しい--というか、どうしても本物の人間のノイズには負けるので、持ち込めないのである。
ノイズが持ち込めないかわりにだろうか、「音楽」が大量に持ち込まれる。これが、またまた、とてもつまらない。ジャック・タチの「音楽」はシンプルでノイズそのものが音楽だった。ボールペンをノックするカチッカチッという音、ジッパーをあけるときのジーッという音、車のホイールが道路にころがる音……。
この映画でも、たとえばおんぼろアパートの水道のノイズが音楽のようにつかわれている。意味のわからない英語(主人公はフランス人という設定)の音がノイズの美しさとして表現されているが、そのノイズをかき消すようにして「音楽」(いわゆるバックグラウンドミュージック)が鳴り響くので、ノイズの美しい「つぶつぶ」の感じ、手触りが見えなくなってしまう。
アニメではなく実写でつくりなおしてほしい。切実にそう思う。そうしないと、ジャック・タチに申し訳ない。主人公の体つきや顔をジャック・タチに似させればいいというものではない。
(ついでに書いておくと。「わたしを離さないで」はアニメにした方が小説を超えたかもしれない。アニメの人物のもっているノイズのなさというものが、小説の描く抽象的な人間の苦悩に迫るだけではなく、それを超えることができたかもしれない。人間が演じてしまうと、役者自身の「過去(存在感)」が抽象性を奪ってしまう。人間(役者)のもっているノイズについて、「わたしを離さないで」の監督と、「イルージョニスト」の監督は、同じ勘違いをしているといえる。)
文句ばっかり書いたので……。
少しほめておくと、アニメの絵そのものはとてもすばらしい。私がこの映画をみた福岡のソラリア1はスクリーンが暗く(また音響も非常に悪く、ノイズが紛れ込む)、本来の色が出ているとは思えないが……。「ベルヴィル・ランデヴー」に通じるセピア色っぽい色彩計画がしっかりしている。街の風景や、カメラがぐるっとまわるような動きに思わず息をとめてしまう瞬間がある。人間造形よりも、時代がかわっていく瞬間の「街の風景(街の顔)」の方にアニメの力を注ぎすぎたのかもしれない。
(2011年04月15日、ソラリアシネマ1)
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