坂東玉三郎・中村獅童「高野聖」「将門」 | 詩はどこにあるか

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坂東玉三郎・中村獅童「高野聖」「将門」(博多座02月13日昼の部)

 「高野聖」「将門」とも玉三郎の魅力を見せるというより獅童をささえるというニュアンスが強いかもしれない。
 「高野聖」は獅童の声の若さと玉三郎の台詞回しの巧みさの違いが際立った。そして、そのことが不思議と「高野聖」の内容にあっていた。獅童の硬く張り詰めた声のなかにある純粋さが、妖女の魔力を遠ざける。ストーリーとしては僧の汚れのなさが妖女の魔力を遠ざけるということになっているのだが、その汚れのなさ、純粋さを獅童は声で表現する。声の肉体でストレートに打ち出す。なるほどなあ、と感心した。
 玉三郎の台詞回しは、間合いがとてもすばらしい。獅童に接近していきながら、最後の一瞬で立ち止まる。引き下がる。そのこころの揺らぎのようなものが伝わってくる。玉三郎が、魔力によって動物に変えてしまったものたちをあしらうときの声の調子、ことばを発するときの間合い(肉体とことばの密着度--何かしながらそれをことばでも言い聞かせるときの肉体の動きと声の出てくるスピード)が、獅童の場合と微妙に違うのである。獅童を相手にしているときは、肉体と声の間にひと呼吸あり、それがこころの揺らぎをあらわす。動物(けだもの)たちを相手にするときは、相手の反応をうかがわない。獅童を相手のときにみせた「ひと呼吸」がない。というよりも、「ひと呼吸」をさらにのみこんで、相手を先回りしてしまう。動物(けだもの)たちのことはもうわかってしまっている、と軽くあしらっている。
 見せ場は、獅童と玉三郎の湯浴みのシーンだろう。そこでは獅童は無言で、そのことが、今度は獅童の肉体そのものの純粋さ、涼しさを浮かび上がらせる仕組みになっている--のだろうけれど、私の席からは(私は目を手術して以来、あまりよく見えないせいもあって)、そのあたりの感じは、肉眼では把握できなかった。やろうとしていることはわかったが、実感できなかった。
 肉体の動きそのものとしては、玉三郎には見せ場がいろいろあるというか、姿が美しく見える。馬になった富山の薬売りの前で胸を開いて見せるシーンの背中など、不思議に妖しい。獅童を湯に案内するときの歩き方も、とても妖しい。それが美しい。
 歌舞伎役者の肉体の魅力に「足」があると私は感じている。女形は歩き方で見せるだけだが、男は足そのものを見せる。ふくら脛の形など、普通のひととは違っていて、ちょっと浮世絵の絵のようというか、独特の柔らかさと強さが同居していておもしろいなあと思う。この足があって、あの動きをささえているという感じがするのだが、この芝居での獅童はそういう足を直接見せるシーンがないのが残念だった。これはまあ、芝居の内容がそうなのだからかもしれないが……。
 「将門」は「高野聖」で感じた獅童の声の若さは、「将門」では生かされていない。声の若さを生かした役どころではないということかもしれないが、聞いていておもしろくない。玉三郎の声の色気に答える色気がない。聞いていて、呼吸があっていないように思える。敵味方(?)なのだから呼吸が合わなくてもいいのかもしれないが、玉三郎が本性をあらわす瞬間がすっきりしない。芝居というのは現実ではなく芝居なのだから強引でいいのかもしれないけれど、その強引さにも呼吸があると思うのだが、変な感じが残った。
 ただ、獅童と玉三郎が舞う場面は、獅童の動きが若々しく、それが玉三郎のなかの若さを引き出しているように感じられた。玉三郎が若く感じられた。けれど、この芝居、男の若さが女の若さを引き出すというのは、なんだか違う気がするなあ……。
 私は歌舞伎にうとく、玉三郎についても美しい女形ということしか知らなかったので、「将門」では、あ、こんなことも(女も)演じるのかと驚いた。立ち回りにスピード感が足りない感じがしたけれど、これはこんな芝居なのかもしれない。玉三郎が動くというより、まわりが懸命に動いて見せることで成り立っている。最後の家が崩れるスペクタクルも、あ、装置まで動いて玉三郎の動きを補っている、と感じてしまった。

 最後にカーテンコール(?)があって、それがおもしろかったが、そこでも玉三郎と獅童の呼吸があっていないのが、なんだか今回の公演を象徴しているようでもあった。



 博多座の観客のマナーはあいかわらずひどい。幕が開いても、ひそひそ話がやまない。そのひそひそ話が反響して「うわーん」という不気味な音になって広がる。オペラグラスで舞台を見るのはいいのだが、一回一回マジックテープつきのケースに入れたり出したりするのにはまいってしまった。注意するには遠すぎる席にいたが、オペラグラスを出し入れするたびに、びりっ、びりっという音が響いてくる。かばんのがさごそもうるさくて困った。



THE LAST SHOW 坂東玉三郎「ありがとう歌舞伎座」
篠山 紀信
小学館