山本純子「花」ほか | 詩はどこにあるか

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山本純子「花」ほか(「息のダンス」9、2010年05月31日発行)

 山本純子「花」は休日に列車に乗って、そば畑にさしかかったころ、向こう側からそば畑、列車を写真に撮ろうとしている一群に出会ったときのことを書いている。

そこの
休日の
畦道にぎっしりのみなさん

みなさんの、
そばの花
特急列車はカーブして
の構図の中には

休日の
乗客がぎっしり

カメラへ向かって
まばたきせずに
いるんですよ

 山本のことばは、一方的ではない。ことばの向こうに「他人」がいる。そして、「会話」している。その「会話」は必ずしも、相手にとどくわけではない。この詩で書かれている内容も、もちろん相手にはとどかない。
 とどかないのだけれど、読んでいると、とどいている感じがする。
 このとどいている感じは、しかし、相手(?)感じではなく、そのことばを発している山本の感じなのだ。不思議なことに、私は山本ではないのに、山本のことばを読むと、山本になって、ていねいにことばを動かし、そして動かせばそのことばは相手にとどいている、という気持ちになる。
 呼吸がいいのだ。
 山本は、いつも相手を見ながら、相手の呼吸にあわせてことばを動かしているのだと思う。自分の意見を言うときでも、相手が自分のことばをどれくらい受け止めているか、相手の呼吸のなかに、山本のことばがどんな具合に溶け込んでいるかを把握しながらことばを動かすのだろう。

畦道にぎっしりのみなさん

みなさんの、

 この「1行空き」と、読点「、」の呼吸の違いが、絶妙である。「みなさん」と呼びかけて、「みなさんの」と繰り返して、そこに「半拍」の呼吸、「半拍」の短さが、なんといえばいいのだろう、すいと、聞くひとを吸い込んでいく。残りの「半拍」を埋めようとして、聞いているひとのこころが動く。
 その瞬間、そのリズムを利用して、いちばん複雑なことを言う。
 そのときの、反応が見える。反応を見ながら、ことばを動かしている山本が浮かび上がってくる。「とどいている」、と実感して、ぐいと、ことばを落ち着かせる。

カメラへ向かって
まばたきせずに
いるんですよ

 そのことばが、ねえ、おかしい。
 なんといえばいいのだろう、押しつけがましさがない。一歩ひいている。「私って、何もできないんです」というと変だけれど、相手の助けを求めるような、微妙な美しさがある。
 「私はあなたの声を待っています」(あなたの行動を待っています)という感じかなあ。
 私がなにかをするのではなく、相手がなにかをする--その瞬間に、私がここにいて、こうしてことばをいう意味がある。あなたのことば、あなたの行動が私を生かしていてくれる--そういう感じ。
 主役はあくまで「あなた」。
 「主役があなた」ということばは、いつでも相手にとどく。そのことを山本は知っている。そして、そういうことをいうための「呼吸」をしっかり「肉体」にとけこませている。

 「月」という作品も、「呼吸」を描いている。

昔からの
顔なじみだから
とくに
気をつかうことも
ないけれどは

まるく
空にかかっていると

つい
会釈をしたり
やあ、と
つぶやくここともあり

切れそうに
細い月なら
つられて
息を吸ってしまって
何か
反省することが
あったような

 ここでは、山本は列車のときとは違って、「聞く」方である。月の「呼吸」のつられて、細い月の、その細くなった姿に、その欠けた部分(欠けた半拍--半拍以上だけれど……)を埋めようとして、気持ちが動く。
 誰かのことばをひきだすには、この「半拍」というか、不完全な「欠けた」ものが必要なのだ。半拍欠けたことばを言って、その残りの半拍のなかへ相手を誘い込む。そして、そこからいっしょに声をあわせる。
 「会話」というのは、「意味」ではなく、呼吸なんだなあ。
 呼吸が合えば、あとは、どんなふうにでもことばは動いていく。

 そういう「半拍」に出会ったとき、ひとは「見つけた」と思う。「出会った」(出会えてよかった)と思う。きっと。
 「星」には、その美しい瞬間が書かれている。

あっ、みつけた
探してもいないのに
みつけた

あっ、みつけた
そばにもうひとつ
みつけた

目に入ることと
みつけることの
間に
いつも
瞬くものがあって

われ知らず
探していたのか
と思う

星は
薄荷の味がするらしい

それで
あっ、みつけた
と思うたびに
ふいに
涼しくなる
夜空

 「目に入ることと/みつけることの/間」。その間にあるのは「呼吸」である。

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