鈴木琢磨「はとバス歌声喫茶」は「酒に唄えば」というコーナーに掲載されていた短い文章である。「はとバス」が「歌声喫茶」に変身した新企画。JR浜松―新橋―両国―浅草を走る。そのあいだ昭和の歌を乗客が合唱するというものらしい。
その一節。
遠く東京スカイツリーをのぞみ、しばらくして井沢八郎さんの「ああ上野駅」が流れたときだった。夜のちまたで歌い込んできたらしい初老の男性がつぶやいた。「おれ、集団就職だったんだ。」流れ去る上野の風景が一瞬、止まった。いつもなら気づかないもうひとつの東京を見た気がした。
あ、いいなあ。「流れ去る上野の風景が一瞬、止まった。」か。どんな風景が、何が見えたかは書いてない。どうぞ、「はとバス」に乗って昭和の歌を一緒に歌ってください。そのときだけ、見えるんですよ。そう言っている。うん、乗りたい。乗って、見知らぬ人と歌を歌い、ひとつの時間を持ちたい。そういう気持ちにさせるねえ。
でも、このあとの文章は余分なんだけれど。引用した段落には、あと2文ある。それは読まない方が感動的。だから、ここでは省略。
鈴木琢磨「はとバス歌声喫茶」(毎日新聞2010年03月26日夕刊)