誰も書かなかった西脇順三郎(120 ) | 詩はどこにあるか

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 「はるののげし」という作品は、西脇にとって重要な作品かどうかわからない--というか、私は、何だろう、この作品は、と思ってしまうのだが、そう思いながらも、最後の3行、いやおしまいの1行が非常に気に入っている。

よく
女の人がみる夢に
出てくるような
うす雪のかかる
坂道の石垣に
春ののげしが
金色の髪をくしけずつている。
これは危険なめぐり合いだ。
「まだあのひとと一緒ですか」
「まだ手紙が来ませんか」
「そうですかァ」

 「よく/女の人がみる夢に/出てくるような」というのは、なんともとぼけた感じがする。女といろいろ夢の話をしてきたことが、かるく語られている。そのよく話しあう女と出会った。あるいはのげしを見て、その女と出会ったような気持ちになった。
 女はいろいろ話しかけてくる。具体的なことはなにも書かれていない。会話は3行あるのだが、女・男・女というやりとりではなく、女の言ったことばが断片的に並べられている。西脇は、ここでは会話の内容(意味)を重視していない。
 では、何を書きたかったのか。
 ことばの調子、感じである。

「そうですかァ」

 あきらめか、未練か。よくわからないが(というのは、非常によくわかるが、という意味の反語だが)、女の「肉体」の「感じ」がそのままことばになっている。女がそこにいる、ということが実感できる。
 語尾の調子など、説明せずに「ァ」とだけ書いておしまい。この切り上げかたが、さっぱりしている。




最終講義
西脇 順三郎,大内 兵衛,冲中 重雄,矢内原 忠雄,渡辺 一夫
実業之日本社

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