『旅人かへらず』のつづき。
一四〇
秋の夜の悲しき手を
引きよせ
くぬぎの葉ずれをかなでさせ
かよわい心はせかる
星の光りを汲まんと
高くもたげる盃の花咲く
むくげの生籬をあけ
静かなる訪れをまつ
待ち人の淋しき
前半が、私は好きである。「くぬぎの葉ずれをかなでさせ/かよわい心はせかる」。ここにはかさかさという音が隠れている。「悲しき手」「かなで」「かよわい」よりも、「せかる」の「か」が「かさこそ」という音を浮かび上がらせる。「せか」るの「せ」が「さ行」を呼び覚まし、「かさかさ」になるのだろう。
一四一
野に摘む花に
心の影うつる
そのうす紫の
この断片では「う」の音がとても印象的だ。「うつる」「うす」紫--その「う」の原点は「摘む」になる。「う」は子音の影に隠れているけれど、その静かな響きが「うつる」「うす」紫の「う」を、底からていねいに支えている。
絵画的イメージよりも、音の呼び合う感じの方が私には強く感じられる。
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