『旅人かへらず』のつづき。
四二
のぼりとから調布の方へ
多摩川をのぼる
十年の間学問をすてた
都の附近のむさしの野や
さがみの国を
欅の樹をみながら歩いた
冬も楽しみであつた
あの樹木のまがりや
枝ぶりの美しさにみとれて
最後の2行に西脇の頻繁に用いることばが出てくる。「まがり」。これは「曲がり」。そしてそれと同時に「枝ぶりの美しさ」について書いている。この「美しさ」は私には「淋しい」に非常に近いものに感じる。ほんとうに「淋しい」ものは「まがり」である。そして、その「まがり」があるから、枝ぶりが「美しい」のである。そたに「淋しさ」が反映しているのである。
この詩には、地名がたくさん出てくる。最初の「のぼりと」が象徴的だが、西脇は、地名を「音」として受け止めている。「意味」ではなく、「音」。「音」が西脇を「意味」から切り離す。そして、そのとき詩が生まれる。
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