『田村隆一全詩集』を読む(81) | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

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 「歯」のなかの「白紙」。

いくら白い紙をひろげたって
言葉が生れてくるとはかぎらない

言葉が生れたところで
文字にすぎない
乾ききった文字 呼吸もしていない言葉

まだ
純白の雪の上に刻まれた森の
小動物や小鳥の足跡のほうが生きている

積乱雲から鰯雲へ 深いブルーに変る海につづく
浜辺の夏から秋へ 海の家が解体されたあとの
砂の上に描かれた文字ほうが
生きている
白い波頭に洗われて
消えているからさ

高原の寒村の雪も溶けるだろう
小動物や小鳥の描いた森の言葉だって
春とともに土にかえるだろう

消えない言葉
溶けない文字

そんなものは
ぼくは信じない

 「生きている」。田村がこだわっているのは、「いのち」の感覚である。「ことば」にいのちがあるかどうか。それを、田村は、ことばが「消える(とける)」とむすびつけて考えている。「消える(とける)」ことばこそが生きている。
 ふつう、文学でいわれる「生きている」ことばとは違った意味で田村は「生きている」をつかっていることになる。
 たとえば「源氏物語」。1000年前に書かれたことば。それは「生きている」。いまも「消えず」に存在し、読まれている。古典は「死なない」から「生きている」。
 田村がつかっている「生きている」は「消える(溶ける)」と対になってはじめて成立する考え方である。「消える」「とける」は、「死ぬ」と言い換えてもいいかもしれない。存在しつづけるのではなく、存在しなくなる。そうなることが「生きている」証拠になる。

 この考え方は、いままで見てきた矛盾→破壊→生成という動きのなかに戻すとわかりやすくなる。
 矛盾することばは互いを破壊する。解体する。そして、枠をなくして溶けてしまう。そういう運動をすることばが「生きている」のである。「生きている」ということは矛盾することと同義なのである。生きて、矛盾して、矛盾が止揚して何かになるのではなく、矛盾の原因である「生(いのち)」そのものが破壊しあい、その形をなくす。そのあと、そこから何かが生まれてくる。最初の「矛盾」をつくりだしたことばは、そのときは、そこには跡形もない。跡形もなくなることが「生きている」ことなのだ。
 田村が描きたいのは、矛盾し、消えていく激しいことばなのだ。消えていく時、激しく火花を散らし、燃え上がることばなのだ。

八月十五日の正午
本郷の菩提寺へ行った
大きな墓にかこまれて小さな墓があった
文久二年没とだけあって
名前は読めない

そんな詩が書きたくなった
書きたくなった

 「文久二年」に没したのは田村の誰にあたるのだろう。「名前」は田村はもちろん知っている。知っていて「読めない」。これが、たぶん、この詩のいちばんのポイントだろう。
 雪の上の動物たちの足跡、砂の上に書いた文字、雪が溶けて消えてしまう足跡、波が洗って消えてしまう文字--それが「あった」ということを知っているかどうか。知っている人間だけが、それが「消えた」ということも理解できる。
 「生きる」ということは、そういうことなのだ。いまは、そこには存在しない。けれど、それが存在したと知っている--その知っているという意識のなかでのみ、生きるものがある。
 矛盾→解体→生成。結果的に「残る」のは「生成」かもしれない。しかし、その過程をたどってきた人間には「矛盾」が「生きていた」ということは決して消えない。そういうことばを田村は「書きたくなった」と2回、つづけて書いている。

 この詩と対をなしているのは「歯」。田村がイギリス、ロンドン郊外の村を旅した時のことが書かれている。そこで田村は「ゴドーを待ちながら」や「ミルクウッドの木の下で」を演じたことがあるという男に出会っている。彼はしかし役者ではなくパブのおやじである。そういうことを聞きながら、田村が感じているのは、その男のなかで、ベケットのことば、ディラン・トマスのことばが「生きている」という感覚だ。その男が、いま、ゴドーやミルクウッドを再現できるかどうかはどうでもいい。いや、できないからこそ、意味がある。そのことばをくぐり抜けた。そのことばが「ある」ということを知っているということが、いま、その男を存在させている。そして、その「知っている」という「場」をくぐり抜けて、田村の前に、あらわれたのだ。彼は、最初からそこにいるのではなく、田村と出会って話すことで、ベケットを、ディラン・トマスを「知っている」という「場」から時間をくぐりぬけてあらわれたのだ。
 この瞬間に田村は詩を感じている。そして、その瞬間を書き留めているのだ。

 「歯」の最後の4行。

酒神よ
ぼくをして目茶苦茶に作詩せてめ給え
一本
その一本の歯が抜け落ちるまで

 この4行が、私はとても好きだ。特に「目茶苦茶に」ということばが。田村がめざしているのは「目茶苦茶」だと思う。「目茶苦茶」としかいいようのない「いのち」の瞬間だ。
 「酒神よ」という呼びかけもうれしい。酒は、誰かと会うための方便である。イギリスのパブで田村がベケットを演じたという男に出会ったのは「酒」があったから。「酒」を通して、ベケットのことばを「知っている」という男があらわれたのだ。



詩人のノート―1974・10・4-1975・10・3 (1976年)
田村 隆一
朝日新聞社

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