一八六六-六七年制作の「妹マリー・セザンヌの肖像」から、最晩年の「中折帽子をかぶった自画像(一九〇四-〇六年ごろのものと推定)にいたるまでの光と物質の油の世界は、ぼく自身から固有の目を奪って、肉眼の世界へ、ぼくを突きおとす。つまり、ぼくは、この「場所」に入るまで、肉眼でものを見ていなかったのだ。
セザンヌの絵を見た時の衝撃。
「ぼく自身から固有の目を奪って」とは、「ぼく」が知らず知らずのあいだに身につけてしまった「ものの見方」のことであろう。私たちは誰でもそうだろうけれど、自分自身の目でものをみると同時に、人間の歴史が作り上げてきた「ものの見方」にしたがってものを見る。人間が積み上げてきた「ものの見方」にしたがって「もの」を見て、そしてそれが「芸術」かどうかも判断している。つまり、「芸術」と「定義」された美に、いま、目の前にあるものが合致しているかどうかを見ている。ある種の「基準」にしたがってものを見ている。
セザンヌは、そういう「基準」を叩き壊す。その瞬間、「肉眼」があらわれる。
この運動のありかたは、これまで見てきた田村のことばの運動にかなり似ている。
田村は矛盾を書いた。それも止揚→発展(統合)という形の運動を引き起こす矛盾ではなく、ただ互いを破壊する矛盾を。矛盾がぶつかりあい、叩き壊しあい、破壊されて、混沌が残るという矛盾を。
そのとき、混沌とは、それまでの「基準」をうしなった状態--まだ基準ができていない世界のことなのである。「基準」がないということは、どんな「ものの見方」をしようが「自由」ということである。どんな「ものの見方」にしたがって、何を生成させようと「自由」である、ということだ。
「肉眼」とは、「基準」から解放された「いのちのまなざし」のことである。「いのちの目」のことである。
ここでは、肉眼が強制される。なんという歓ばしい強制! その強制によって、ぼくは自由になる。ぼくの全身は肉眼そのものになるのだ。
「強制」と「自由」が、ここでは同じものになる。「強制」は「ものの見方」を破壊するという「強制」だからである。それまでの「ものの見方」を放棄せよ、という「強制」だからである。「こういうものの見方をしろ」とセザンヌはいうわけではない。ただ、それまでの「ものの見方」の基準を叩き壊すひとつの「例」を提示するだけなのである。
それに触れて、田村は、「肉眼」そのものになる。
このあとが、田村の真骨頂である。「肉眼」になるとは、どういうことか。それを、次のように言い直している。
どの空間からも、音がきこえてこない。
「肉眼」になった瞬間、「耳」も失うのである。そういうことばがあるかどうかわからないが「目」が「肉眼」になったと、「耳」は「肉耳」になる。「舌」は「肉舌」になる。「鼻」は「肉鼻」になる。つまり、それまでの「基準」にしたがって音を聞いたり、味を味わったり、においをかいだりすることはできなくなる。「基準」をうしなった「肉体」(肉の全身)になってしまう。「肉」がからだの「基準」になる。すべての「仕方」を破壊されて、うまれたときのままの、「いのち」そのものになる。
目の変化は耳の変化でもあるのだ。
これは、実は、この作品の最初に書かれていることでもある。
この「場所」に、一歩足をふみ入れたら、その瞬間から、ぼくは耳を失った。舌も、鼻孔も失った。ぼく自身の感度の悪い目さえも失ってしまうのである。
絵に触れて、まず目からではなく、耳から失う。舌も鼻孔も失う。そういう喪失のあとで、「目さえ失ってしまう」と順序が逆に書かれている。
これは、とても重要なことだ。
論理的に考えれば、まず目が目であることを否定され、「肉眼」になる。それにつづいて(影響されて)、この器官が「肉」になる。「いのち」になる。それが自然なことに思えるが、真の衝撃というのは、そういう順序ではやってこない。
理解を超えて、突然、襲って来る。
ほんとうは目→耳→舌→鼻という順序かもしれないが、衝撃が強すぎると、その順序が意識されない。それだけではなく、いちばん衝撃を受けた目が、必死になって体制を立て直そうとするため、その抵抗のために、目はまだ生き残っているというような錯覚が生じる。意識のなかで、「抵抗」が時間の順序をかえてしまうのだ。意識を錯覚させてしまうのだ。
この混乱を、田村は、忠実に、正直にことばで再現しているのだ。
そして、「肉眼」になってしまったあと、田村は驚くべき体験をしている。
ぼくは、晩年の「人形をもつ少女」の前で立ちどまる。ブルーの色彩が抑制そのものと化して「形」をつくる。その力が、ぼくの肉眼をつくる。なぜ、少女の左肩はさがっているのか?
「肉眼」は少女の左肩がさがっているのを発見する。でも、なぜ? それは、わからない。そして、それがわからないというとは、実は田村がセザンヌになってしまったということだ。田村が田村のままであるなら、いくらでも理由は見つけられるだろう。それまでの「基準」をひっぱりだしてきて、それを組み合わせ、何か「意味」を語れるだろう。けれど、それができない。田村自身の「基準」の完全な崩壊--その瞬間、田村はセザンヌの「肉眼」とつながる。
そして、セザンヌの「肉眼」もまた、なぜ、少女の左肩がさがっているかはわからない。わからないから、絵を描いているのだ。
詩人が、何かわからないものがあるからこそ(いままでの基準でとらえられないものがあるからこそ)ことばを動かすように、画家は、それまでの基準で描けないものがあるからこそ、絵を描くのである。
青いライオンと金色のウイスキー (1975年) 田村 隆一 筑摩書房 このアイテムの詳細を見る |