小鳥を見た
小さな欲望から生れ
ちいさな生にむかって慄えている小鳥をぼくは見た
ちいさな欲望とちいさな生のうえを歩いてはきたが
ぼくには小鳥を描写することができない
つめたい空から
地上に落ちてくる ぼくの全生涯よりも長い瞬間に
するどい嘴と冬の光りにきらめくちいさな眼は
分解するだけだ
おお どうしよう ぼくはあいを描写することができない
おお どうしよう ぼくはものを分解するだけだ
「ぼく」と「小鳥」が2連目で交錯する。「するどい嘴と冬の光りにきらめくちいさな眼は/分解するだけだ」の「眼は」はだれの眼か。文法的には「ぼく」の眼ではない。「小鳥」の眼である。小鳥は空から地上に落ちて来る。そのとき小鳥の眼は何かを分解する。何かは書かれていない。
だが、ほんとうに小鳥の眼なのか。
小鳥の眼であって、小鳥の眼ではない。「ぼく」の眼が、その眼と重なっている。小鳥を見たときから、田村は、小鳥と一体になっている。
2連目2行目の「ぼくには小鳥を描写することはできない」は、実は、
ぼくには小鳥の眼で、小鳥の見たものを描写することはできない
という文なのだ。そして「の眼で、小鳥の見たもの」が省略されているのだ。
1連目から読み返すと、そのことがよくわかる。どんなふうにして田村と「小鳥」が一体になっているかがわかる。
1連目に登場する眼(肉眼)は田村自身の眼である。それは「小鳥」を見た。そして、小鳥を「小さな欲望から生れ/小さな生にむかって慄えている」ととらえるとき、それは田村自身の姿と重なる。
田村は自分自身のことを、1連目につかったことばを流用して「ちいさな欲望とちいさな生のうえを歩いてはきたが」と定義する。「小さな欲望」「小さな生」ということばのなかで、田村と小鳥は「一体」になる。同じことばで表現できる存在になる。
この「一体感」は、自己放棄である。そして、この態度は、私には、とても日本的な自己放棄に見える。俳句などの「遠心・求心」としての自己放棄に見える。自己を捨て、その瞬間、世界全体を一気に凝縮させる。自己と小鳥を「一体」に感じるその感覚のなかに、一気に世界を凝縮させ、同時に、その「一体感」を世界全体にひろげる。
俳句ならば、たしかに、そういう世界が出現するはずである。
田村は、そういうものに触れる。触れるけれど、田村の書いているのは「俳句」ではないから、そういう「遠心・求心」の世界の洗い出し方、生成の仕方をとることはない。
田村は「遠心・求心」の世界には行かずに、「一体感」を抱えながら、違うことばの運動について考える。
「一体」になったけれど、それでも田村は、小鳥の眼で小鳥の見たものを描写はできない。そこには「自意識」(田村の意識)が反映されていると考える。
そんなふうに、自分の肉眼ではなく、他者の肉眼を通って(他者の肉眼を想像力をつかって通って)何かを見ることを、田村は「分解」と呼んでいる。--「俳句」の「遠心・求心」が「描写」であるのに対し、田村の見つめる世界は「分解」であると定義する。
そうなのだ。
ここでは、田村は、俳句的な世界に触れながら、それを「俳句的」定義から切り離し、あくまで田村流に定義し直している。「水」で書いたような世界、水を飲んだら「匂いがあって味があって/音まできこえる」という感覚(五感)の越境--俳句的越境、俳句的統合に触れながら、田村が書いているのは「俳句ではない」と定義しているのである。
「俳句」とは結局のところ「統合」である。統合された描写である。そこには複数の感覚が統合され、統合された感覚でのみ把握できる「新世界」が描写されている。
けれども、田村が書いているのは、「統合」ではない。「分解」である。それは、別のことばで言えば「統合」の拒絶である。
イメージが形成されることの拒絶である。
以前、田村が書いているのは、弁証法でいう対立→止揚→統合(発展)ではなく、あくまでそういう運動を解体することであると書いた。その運動は、ここでも同じなのだ。
複数のもの(対立するもの、人間と小鳥という同じではないもの)を統合するのではなく、同じ次元(小さな欲望、小さな生)で衝突させることで、その両方を破壊しようとする。その両方を破壊して、その奥にあるものを、解放し、噴出させようとする。そういうことばを運動を指して、田村は「分解」と定義しているのである。
ことばの全体は、一見、「俳句」に見える。(特に「水」の世界は。)けれど、田村がしようとしていることは、「俳句」とは対極にあることなのである。
小鳥が「地上に落ちてくる ぼくの全生涯より長い瞬間」という矛盾に満ちたことば、その1行のなかに凝縮した矛盾、衝突が「遠心・求心」の「和解」とはまったく別のものを田村が書こうと欲していることを象徴しているように思える。
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