リッツォス「証言B(1966)」より(22)中井久夫訳 | 詩はどこにあるか

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歩み去る   リッツォス(中井久夫訳)

彼は道の突き当たりで消えた。
月はすでに高かった。
樹々の間で鳥の声が布を裂いた。
ありふれた、単純なはなし。
誰一人気を留めぬ。
街灯二本の間の路上に
大きな血溜まり。



 内戦の1シーンだろうか。簡潔な描写の間にあって、「樹々の間で鳥の声が布を裂いた。」がさらに凝縮している。鳥の声そのものが布を裂くわけではない。その声が布を裂いたときのように聞こえるということだ。そして、この「布を裂く」という比喩が、そのまま惨劇を想像させる。ひとが殺される。おそらくナイフで。そのとき、肉が切られる前に衣服が切られる。布が裂ける。鳥の声の中に、殺人が準備されているのだ。そういう描写があるからこそ、「血」が自然に存在することができる。非情な風景として。
 月は最初から非情な存在である。街灯は人間が設置したものだが、それは非情を通り越している。人間が作り上げたものは、孤独をいっそう厳しくする。ひとは月とは孤独な対話をすることができるが、街灯とは孤独な対話ができない。その街灯が「二本」ならなおのこと、人間と街灯との間には対話は成り立たない。街灯は街灯と対話している。目撃したことを。二本の足元にひろがる、その血の色について。