川野圭子「淋しい牛」は後半がおもしろい。
ドアを開けると
何と牛が押し入ってきたのだ
淋しい淋しい と長いまつげの目が言うので
すこしならいてもいいよ と言ってやったら
なけなしのわたしの絨毯の上に
いっぱいになって 横たわった
淋しい淋しいが止まらないので
大きなまっ黒い頭を抱いて寝た
わたしのかたわらの牛の目は
見れば見るほど大きくて
奥山の沼さながらで
青黒い水を溜めていた
とめどなくあふれるものを一晩中
バスタオルで拭いつづけた
「バスタオル」がいい。「牛」が何の比喩なのかわからないが、「バスタオル」によって「牛」が比喩から牛そのものにかわる。牛の頭は大きい。目も大きい。牛が涙を流すなら、それを拭くのはハンカチや普通のタオルでは間に合わないだろう。たしかにバスタオルが必要なのだ。