小倉金栄堂の迷子(4) | 詩はどこにあるか

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小倉金栄堂の迷子(4)

小倉金栄堂の迷子
   あるいは破棄された詩のための注釈

 ふたつの断章と登場人物のリストのあとに、ページの中央に大きな文字で、そう書かれていた。夢のなかで、夢で見たと思った。あるいは、夢で見たと、夢のなかで思ったのか。わからないが、それは絶対に間違えることのできないことばとして、夢のなかへ何度もあらわれた。
 小倉金栄堂の、角がすり切れた函のなかから本を引き出したとき、雪のように舞い落ちた紙を拾い上げたとき、まだことばになっていないことばは、誰も書いたことのない詩集の書き出しを、まるできのう見た夢を思い出すように、思いついたのだ。
 「閉店です」と告げながら角口が階段をおりていく。足音が消え、シャッターを下ろす音が聞こえる。「きょうも『あの手』の本は一冊も売れなかった」という、角口がこころのなかに隠した声が聞こえてきた。路面電車のパンタグラフがスパークし、まき散らす火花の光が本棚を駆け回り、天井を滑って、再び出て行く。
 閉じ込められてしまったみたいだ、とまだことばになっていないことばは思ったが、どうしてそんなことが起きてしまったのか、その本には何も書いてなかった。本のことばとはそういうものである。