深町秋乃『柔らかい水面』 | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

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深町秋乃『柔らかい水面』(土曜美術社出版販売、2023年05月10日発行)

 深町秋乃『柔らかい水面』を読みながら、私は、非常に不思議な気持ちになる。過去に引き戻された気持ちになる。
 詩集の最後に「デッサン」という詩がある。そして、その最後の数行は、こうなっている。

不自由な表象が
やがて、輪廻の果てに
焼き付いたら
曖昧な境界線は失われ
ようやく溶け込む
世界の、投影

 「輪廻」ということばを私がはじめて読んだのは高校のときだった。池井昌樹が何という詩か忘れたが「輪廻」ということばをつかっていた。いまの池井と違い、じめじめ、ぐちゃぐちゃした汚らしい世界を書いていた時代だ。黴の匂いのする詩を書いていた時代だ。なぜ、そんなことを覚えているかというと、その「輪廻」が読めなかったからだ。読めなかったけれど、そこには暗い何かがあって、私は、ぞっとしたのだ。
 で、それが深町の詩とどういう関係があるかというと。
 意味、イメージではなく、その「輪廻」というこばそのものが、何か、半世紀以上も前の世界へと私を連れて行ってしまうということが、関係がある。ことばが、みんな、古いのだ。遠い昔に読んだ(聞いた)ことばとして、私の前にあらわれてくる。そこに書かれていることばをはじめて読んだのはいつか、と記憶をたどると70年代にたどりついてしまう。
 「デッサン」という詩にある「新しさ」、あるいは「いま」は、何?
 「やがて、輪廻の果てに」「世界の、投影」という行にある読点(、)か。たしかに、そういう読点のつかい方は、私は半世紀前には知らなかった。でも、この読点の存在から「いま」を語るのは、私には難しい。

 ことばが古い。それは「落ち着いている」ということでもある。こういう落ち着き方が、「いま」から見ると「新しい」のかどうか、私にはよくわからない。私には、「古い」としか感じられない。
 「春」の書き出しは、こうである。

習いたての言葉を閉じ込めた
わたしの幼い真空管を割ったら
たちまち夜に座礁する
無数の文字たちが

 「真空管」を知っているひとは、いまは、何人いるだろうか。いまの若者は真空管を見たことがあるだろうか。
 この詩集ではなく、この一連が一枚の紙に印刷されていたのだとしたら、私はこのことばを半世紀以上前の詩だと思ったに違いない。「幼い真空管」の「幼い」のつかい方。「座礁」「無数の」「文字たち」は70年代の詩に散らばっていると思う。少なくとも、私の記憶のなかでは、それはすべて70年代の詩のなかにある。
 巻頭の詩「a calm」。

ずっと
見つめているとわたし
ただの円柱になってしまうから

 「円柱」がとても美しく、いいなあ、と思うが。しかし、同時に、私はその「円柱」に、たとえばギリシャのパンテノンの「円柱」という「ことば」を重ねてしまう。そのとき、やはり、私は「過去」を思い出すのである。「円柱」ということばが、だれそれの70年代の詩にあるかどうかはわからないが。もしかすると、もっと古い時代(西脇の初期?)かもしれないが。
 こんなことを感じるのは、もしかすると深町の書いている「円柱」が、実際に存在する円柱というよりも、「記憶」の円柱だからかもしれない。
 どの作品も「現実」から生まれてきた詩というよりも、私には「詩の記憶」から生まれてきたもののように思える。

 

 

 


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