「祈り」は嵐に遭難した子供の帰りを待つ母を描いている。その最後の二行。
母の待つ子の永久に還らぬを知るイコンは
じっと聴いていた、哀しげに、荘重に--。
「還らぬを知る」という引き締まった音が美しい。
中井は、口語と文語をつかいわける。「還らぬを知る」は文語といえるかどうかはわからないが、少なくともいまの口語ではない。
文語の特徴はスピードが速く、ことばの関係が緊密なことである。余分な思いがはいりこまない。「事実」が「真実」として浮かび上がる。ここでは「還らぬ」と「知る」のふたつの動詞が、絶対分離できないものとして動いている。
その緊張のあとに、感情が、感覚が、解き放たれる。悲劇のカタルシス。最後の一行は、その直前のことばが「還らないことを知っている」という間延びした普通のことばだったら、痛切さが半減したと思う。