荒川洋治「秋の機械」 | 詩はどこにあるか

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荒川洋治「秋の機械」(「午前」22、2022年10月25日発行)

 荒川洋治「秋の機械」は、『水駅』を思い起こさせる詩である。荒川の意図は知らないが『水駅』は架空の旅日記である。架空というのは、記憶を旅するということでもあり、そこでは、ことばが「いま」にしばられずに動くということである。

水車小屋には
伯父と、のけものの弟などが多い
羽のある伯父
アントンは郷里を出て東方へ
誰かが店長を呼ぶ 東方からも遠い声で

 「水車小屋」は、「いま」ではない。しかし、それ以上に「のけものの弟」が「いま」ではないだろう。「水車小屋」によって「のけものの弟」が「いま」ではないことが緩和(?)されて、まるで「いま」のように迫ってくる。こういうところが、荒川のことばの絶妙なところである。「郷里」も「いま」ではないが、「のけものの弟」によって「真実味」が出てくる。「水車小屋/のけものの弟/郷里」の関係が、なんともいえず、おもしろい。「のけもの」という「ひらがな」もいいなあ。これが漢字まじりだったら、意味が強くなりすぎて「いま」が壊れてしまう。
 「アントンは郷里を出て東方へ/誰かが店長を呼ぶ 東方からも遠い声で」の「東方」の呼応もいい。捨てた「郷里」でも、たどりついた「異郷」でも、誰かが呼ぶ。その声が「架空」のなかで出会う。ここは、美しい。『水駅』の響きそのままだ。
 でも、それよりも。
 私は二連目が好き。

秋の日、さほど遠くない地点から
何かの工事の機械の音
気体かと思われた部品が
郊外で身を起こし
羽のある伯父を求めてすべっていく
自然の海辺、郡名の浜辺を

 「気体かと思われた部品が」。この一行で、私にとっては、この詩は「絶対的存在」になる。ほかに、ことばはいらない。それなのに、それを追いかけて「郊外で身を起こし」が動く。そのときの「郊外」の美しさ。さらに次の行の「すべっていく」。私は記憶力が悪いので、ものを覚えるということをしない。だから間違っているだろうけれど、『水駅』にも「すべっていく」があると思う。そのままではなく「すべる」かもしれないが。
 「すべる」とは何か。いろいろ「定義」はできるだろうが、私にとっては、それは「なめらかさ」である。
 荒川のこの詩のことばは、架空独特の「なめらかさ」を持っている。「いま」の「現実」との交渉を回避した「なめらかさ」である。

自然の海辺、郡名の浜辺を

 この一行が、それを象徴している。そんなものは、いまどき、「羽のある伯父」以上に、架空の中にしか存在しない。
 でも、いいのだ。
 これは「架空の旅日記」なのだから。

 詩は、まだまだつづくのだが、私は気にしない。詩に限らないが、どんなことばであろうと、全体を「要約」する必要はないし、全部につきあう必要もない。現実に接触のある人間の、現実のことばでも、百分の一も正直に向き合うことはない。私は荒川には会うことはないだろうから、全部のことばに対して感想は書かない。

 

 


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