咲原実玲『さくら準備中』 | 詩はどこにあるか

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咲原実玲『さくら準備中』(kotori、2022年06月30日発行)

 咲原実玲『さくら準備中』の巻頭の「春の午後」はとても丁寧な詩である。全行を引用する。

一枚の古い写真がある
幼稚園の制服を着たわたしが
ついさっきまで
風船を抱えていた手を胸のあたりにおいて
空を見上げている
うっすら笑っているけれど
少しさみしそう

この写真を見ると
今でもその時の気持ちを思い出せる
両手で抱えていた風船をそっと離した
それは すばらしいことに思えた
風船はどこかに行く
わたしより先に行く
「どこか」が憧れになった瞬間

憧れは いつだってわたしと空との間にある
見失うかもしれない
現実に叶ったら 憧れではなくなる
どのみち それは失われるのだ
なぜ憧れを抱く というのだろう
私から離れた存在だから気がつくのに

 一連目の「風船を抱えていた手を胸のあたりにおいて」の一行、特に「手を胸のあたりにおいて」がいい。それは直前の「抱えていた」を静かに思い出させる。これが二連目で「両手で抱えていた風船をそっと離した」と言い直されている。
 二連目は、全体として、一連目をもう一度言い直してる。「起承転結」という言い方を借りるならば、一連目が「起」、二連目が「承」。
 三連構成なので「起承転結」をあてはめるのは強引な感じがするかもしれないが、「転」は一連目と二連目の最後の二行(あるいは、三行)に組み込まれる形で準備されている。
 「憧れ」ということばが、「起承転結」の「転」である。
 そして、「結」の三連目で、この「憧れ」が説明される。すこし理屈っぽいかもしれない。つまり、詩としての飛躍が少ないかもしれない。だが、これでいいと思う。詩へ向かって動き出している感じに無理がない。
 何よりもいいのは、この三連目で、一連、二連目では「抱えていた」(抱える)という動詞が「抱く」という動詞になって、強く響くところである。人によって印象が違うかもしれないが、私は「抱える」よりも「抱く」の方が力がいると思う。力がこもっている感じがする。
 「抱える」という動詞が「憧れ」ということばを通り抜けることで「抱く」という動詞に変わる。その変化は、小さいようで、大きい。「風船」と「憧れ」以上の違いを持っている。その「違い」を見つめて、ことばが静かに動いている。確かな形で動いている。

 

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