高柳誠『フランチェスカのスカート』(9) | 詩はどこにあるか

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高柳誠『フランチェスカのスカート』(9)(書肆山田、2021年06月05日発行)

 「フランチェスカ」は娼婦だろうか。「酔っ払って上機嫌になると、ときどき胸をさわらせてくれる。」そして、胸にさわっていると、

                     指先に触れるそのひん
  やりとした湿り気がなんとも心地よくて小さいころによく夢に出
  てきた遠い見知らぬ土地を一人で旅しているような気持ちになる。

 思わず棒線を引いてしまう魅力的なことばがあらわれる。でも、なぜ魅力的なのか、まだわからない。ただ、強く惹かれる。
 読み進むと、フランチェスカの「身の上」が語られる。南から来たらしい。その彼女が南方の風を体の奥で感じるとき……。

      フランチェスカは妙にしんみりした口調になって、ぼうっ
  と遠くをながめる目つきをしたかと思うと、いきなりぼくの頭を抱
  えこんでその大きな乳房を押しつけ、「かあいそうな子、かあいそ
  うな子…」とぼろぼろ大粒の涙を流す。

 フランチェスカには、「ぼく」と同じような年頃の(あるいは、もっと若い)子どもがいるのだろうか。いたのだろうか。その子と離れて暮らしている。ときどき「ぼく」を見て、別れた子どものことを思うのかもしれない。
 そのあと、
  
                    こうなるとぼくにはさから
  うすべもなくて、頭を抱えられたままそのやわらかな乳房の感触を
  じっと味わうしかない。すると、胸の奥底から突然こみあげてくる
  なにかなつかしい感情に心ふるえて、わけもなくぼくまで泣きたく
  なってくる。

 あ、これが書き出しの部分で棒線を引いたところとつながっているのだ、と感じる。「遠い土地」なのになつかしい。それは「よく夢に出てきた」からである。
 ゆめのなかで「ぼく」はフランチェスカの子どもになってしまう。
 ここからは蛇足かもしれないが。
 私はこの最後の部の「頭を抱えられたまま」の「まま」に注目した。また棒線を引いた。身をまかせる。何もしない。それが「まま」だと思うが、そうすると、「ぼく」はフランチェスカと一体になってしまう。そして「わけもなく」ぼくまで泣きたくなってくる。この「わけもなく」と「まま」が連係している、呼応しているように感じられる。
 そして、最初に引用した部分に「まま」を補って読みたくなるのである。「フランチェスカの胸に触れたまま」を補いたくなるのである。もちろん、そのことばは不要である。しかし、補うと「まま」が最後の「まま」と呼応して、作品をひとつの世界に「完結」させていることがわかる。
 
      「胸に触れたままでいると」指先に触れるそのひん
やりとした湿り気がなんとも心地よくて小さいころによく夢に出
てきた遠い見知らぬ土地を一人で旅しているような気持ちになる。

 これは、

        「頭を抱えられたまま」指先に触れるそのひん
やりとした湿り気がなんとも心地よくて小さいころによく夢に出
てきた遠い見知らぬ土地を一人で旅しているような気持ちになる。

 と書き換えても、状況は同じ。「胸に触れたまま」の主語は「ぼく」、「頭を抱えられたまま」の主語も「ぼく」だが、「頭を抱える」の主語はフランチェスカ。「まま」を中心点にして、「ぼく」とフランチェスカが交錯し、ふたりは一緒に旅をするのである。ふたりで「一人旅」をするのだ。

 

 

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