林嗣夫『林嗣夫代表詩選 ひぐらし』(土曜美術社出版販売、2021年05月25日発行)
林嗣夫『林嗣夫代表詩選 ひぐらし』は300ページ近い詩集。林の詩は同人誌「兆」や詩集を通して、かなり読んできている。詩集の感想も何度か書いた。文体がとてもがっしりしているという印象がある。
というようなことは、まあ、書かなくてもいいか。
詩集のタイトルになっている「ひぐらし」というのは、どういう詩だったかなあ。覚えていない。そんなことを思いながら、まず「ひぐらし」を読んだ。
ふたり並んで 小道を歩いた
生きていこうと
花の名を教えあった
道の駅から 海を眺めた
生きていこうと
風の香りを確かめあった
ふたり並んで 夏が過ぎていく
かなかなかなと
ひぐらしが鳴いている
告げあったことばの こだまのように
三連目には、一連目、二連目に出てきた「生きていこうと」ということばがない。書くと変なのかなあ。
二人並んで 夏が過ぎていく
生きていこうと
ひぐらしの声を聞き語り合った
と、どう違うのだろう。
どうして林は「かなかなかな」と書き「ひぐらし」と言い直したのかな。
私は何の根拠もなく、一連目、二連目にも「かなかなかな」の音が響いていると感じた。一連目、二連目からも「かな」の少しさみしい音が聞こえてくると感じた。
こんな具合。
ふたり並んで 小道を歩いた
生きていこう「かな」と
花の名を教えあった
道の駅から 海を眺めた
生きていこう「かな」と
風の香りを確かめあった
強い決意というよりも、つまり、「押しつけ」ではなく、ふと漏らすことば。言わなくていいのだけれど、なんとなく言ってしまうことば。言うことで、こころのつながりを感じることば。
「かな」だとひとりごとになるかもしれない。自分だけに言い聞かせることばになるかもしれない。でも、きっと、林の書いている「生きていこう」は相手に強く呼び掛けるよりも、「私は生きていこうかな、と思っている」という感じで語っているのだと思う。自分の思いを語っている。相手に押しつけるのではなく、私はこう思っている、と軽く口にする。
一連目は誰が言ったのだろう。林かな? それとも連れ合いかな? 二連目はどうだろう。きっと一連目が林なら、二連目は連れ合い。一連目が連れ合いなら、二連目は林。
このふたりの「距離感」もいいなあ。「生きていこう」と言われ、すぐに「生きていこう」と答えるのではなく、しばらく時間を置いて、それから同じことばを返す。「いま、なんて言ったのかなあ。なぜ、わざわざ、そんなことを言うのかなあ」と半分自問しながら、聞かされた人は一緒にいる。そうしているうちに、「ああ、そうだなあ」とわかり、何か答えようとする。そうすると、聞いたことばが自分の肉体のなかから自然にあらわれてくる。「生きていこう」と。
この「生きていこう」の前には「ふたり一緒に」が隠されている。ふたり一緒に小道を歩くように、ふたり一緒に海を眺めるように。そして、「いま」だけではなく、「ふたり一緒に」生きてきてた過去が隠されている。詩は「夏が過ぎていく」となつのことしか書いていないが、「過ぎていく」ということばには、いままでに過ぎていった時間、過去が隠れている。
その「ふたり一緒に」が「告げあった」の「あう」のなかに隠れている。そして、その「あう」が「こだま」のように響いてくる。
生きていこう
生きていこう
でもいいのだけれど(その方を好むひともいるだろうけれど)、林はきっと
生きていこうかな
生きていこうかな
の聞こえない「かな」、書かなかった「かな」がある方が好きなのだ。「生きていこう」と聞こえたけれど、耳を澄ませば「生きていこうかな」とぽつりと漏らしたのだと感じられる。そのさみしい「かな」にこころがこたえて、「いきていこうかな」と答える。もちろん「かな」は胸のなかに隠してだけれど。
その胸のなかに隠した「かな」がひぐらしのように「かな、かな、かな」と響いている。「生きていこう」だけではなく、ふたりはきっといろいろなことを「断定」するというよりも「かな」を含んだことばで受け止め、受け入れて生きてきたのだろう。そういうかこの「かなかなかな」も聞こえてくる。
とても静かで味わい深い詩である。「かなかな」の声が聞こえてくる詩である。
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