松岡政則『松岡政則詩集』(現代詩文庫246)(思潮社、2021年03月31日発行)
松岡政則は、私にとっては「歩く詩人」である。「歩く」という動詞とともに、私は松岡を知った。しかし、巻頭作品「家」では歩いていない。私が松岡を知る前の作品だ。『川に棄てられていた自転車』(1998年)のなかの一篇。
石を投げている
トタン葺きの今は誰も住まない家
砂利道のを拾っては
男が石を投げている
窓ガラスが割れ音が散らばる
沢伝いに音が散らばる
石を投げている
窓という窓に
壁という壁に
失ったものにトドメを刺しているのか
表札の外された玄関に
縁側の雨戸に
石を投げている
家中に石を投げている
ここでは、「歩く」というかわりに「石を投げる」という動詞が動いている。そして「男が」という主語が書かれている。主語は松岡(私)ではない。しかし、「石を投げる」という動詞が繰り返されるたびに、「主語/男」が消える。「男の肉体」のなかに、私の肉体が吸い込まれていく。石を投げる男を見るのではなく、男になって、私自身が石を投げ始める。それは、私に起きているだけではなく、きっと、松岡にも起きたことだと思う。
ことばを書く。動詞を書く。そうすると自分の肉体が反応する。動詞をとおして、男の肉体になる。自分があらわれる。
失ったものにトドメを刺しているのか
何かを失ったとき、どうしていいかわからず、いま、ここにある肉体の何かを解放したくて石を投げる。自分を棄てる、とはいわない。自分のなかの何かを棄てるのだ。単に棄てるのではなく、その棄てたもののなかにある力を確かめるために石を投げる。そういうことは、誰にでも経験があると思う。
箕作りの音が
竹を炙る匂いがいつも男を苛つかせた家
男は入ろうとはしない
近づいてのぞき込んだりもしない
ただ石を投げている
その笑えない距離
誰もよせつけない険しい距離
石を投げている
何かをぶちまけるように
自分にからんででもいるように
松岡は男の来歴を知っている。感情も知っている。もしかしたら、父の姿かもしれない。けれど、それが他人であっても(肉親であっても)、他人ではなく、もう松岡自身だ。「笑えない距離」「誰もよせつけない険しい距離」と客観的に書いても、すぐに「自分にからんででもいるように」というぐあいに「自分」の感情があふれてくる。
土壁にあたる、鈍い、どす黒い音、
音が重みをおびてかぶさってくる
石を投げている
男にもうまく説明できない石を投げている
〈今日一日主張しないこと〉
そうやって自分を閉じこめてきた石を投げている
石を投げるという同じ動詞を繰り返している。そのたびに新しいことば(思い)があふれてくる。しかし、それはほんとうに新しいことば(思い)か。古い思いだ。忘れることのできない思いが、ことばをかえながら「石を投げる」という行為のなかで「ひとつ」になる。次々に違うことばなのに「ひとつ」なのだ。
感情が深まるのか、広がっていくのか。
簡単には言えない。かわらない、同じ、と言った方がいい。
松岡は、「同じ」を発見するために「石を投げる」という同じ動詞を繰り返している。そして、この「同じ」の発見は、私の知っている「歩く詩人・松岡」に通じる。松岡はいろいろな場所を「歩く」。場所が違えば、そこで出会う人も違うはずなのに、いつも「同じ」を発見する。というか、「同じ」を発見するために歩いている。
その「同じ」は、たとえて言えば、何をしていいかわからなくなったとき「石を投げる」という人間の行為そのものである。「同じ」であるから、違う人間のやっていることなのに、自分の「肉体」にまで響いてくる。自分の「肉体」だけではない。
土壁にあたる、鈍い、どす黒い音、
石を投げられた「土壁」の肉体の感じまでが、自分の「肉体」になる。土壁になって、石をぶつけられる痛みを感じる。「鈍い、どす黒い」。それはまた石を投げる男の思いそのものをあらわしているようでもある。
男も、石も、ガラスも、土壁も、それにまわりの風景、砂利道も沢も「ひとつ」なのだ。
途中を省略して、最後の部分。
青黒い杉山に
挟まれるようにして建つ家
その良心ぶった支配面が
ずっと我慢できなかった石を投げている
もうとっくに死んでいる家なのに
石を投げている
ずっと黙らせてきた家に
石を投げている
「ずっと我慢できなかった石を投げている」は不思議な一行である。学校文法では「その良心ぶった支配面がずっと我慢できなかった/(だから、その家に)石を投げている」という意味に整えなおすかもしれない。
でも、松岡は「その良心ぶった支配面が」を明確にしたいのだ。それが「ずっと我慢できなかった」と思った瞬間が「石を投げる」につながる。切断不能なのだ。
「石を投げる」と「家の存在」は切り離せない。「家」そのものを投げることができないから「石」を投げる。家を石に向かって投げることができたらどんなにいいだろう。
なんとも強烈な一行である。
終わりから二行目の「ずっと黙らせてきた家」には男が省略されている。「ずっと男を黙らせてきた家」であるだろう。その家に、男は石になってぶつかっていく。男はずっと黙らせられてきた男を家に投げているのだ。
書くことは、自分が自分でなくなる覚悟をしてことばについていくことだ。
松岡は「石を投げる男」を書きながら、男に乗り移り、その男ももう男ではなくなっている。「家に」になり、石になっている。「投げる」という動詞になっているし、石とものがぶつかるときの音にもなっている。
それは「もうとっくに死んでいる」のに、あるいは「もっとっくに死んでいる」からこそ、「いま、生きている」。
**********************************************************************
★「詩はどこにあるか」オンライン講座★
メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、skypeでお伝えします。
★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。
(郵便でも受け付けます。郵便の場合は、返信用の封筒を同封してください。)
★skype講座★
随時受け付け。ただし、予約制(午後10時-11時が基本)。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。
費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。
お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com
また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571
**********************************************************************
「詩はどこにあるか」12月号を発売中です。
137ページ、1750円(送料別)
オンデマンド出版です。発注から1週間-10日ほどでお手許に届きます。
リンク先をクリックして、「製本のご注文はこちら」のボタンを押すと、購入フォームが開きます。
https://www.seichoku.com/item/DS2000183
(バックナンバーは、谷内までお問い合わせください。yachisyuso@gmail.com)
*
オンデマンドで以下の本を発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009
(3)評論『高橋睦郎「深きより」を読む』76ページ。1100円(送料別)
詩集の全編について批評しています。
https://www.seichoku.com/item/DS2000349
(4)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
(5)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455
(6)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977
問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com