小学校入学前のことだ。昔々。
私は英語教室に通っていて、その教室のキャンプに参加した。
季節を覚えていない。
全国の教室チェーンで、キャンプには小学生から社会人まで、たくさんの生徒が集まるという。
英語だけで過ごすキャンプときいて、母はよろこんで私を参加させた。
英語だけ、というのは実際はうそぴょんで、全員、終日、日本語で喋っていた。
キャンプというわりに、インドアだった。
教育熱心だった母には申し訳ないが、英語はたいして身につかなかった。
(今でも、外国人のお客様にもなるべく日本語で対応させていただいている。)
行きたいと思ったわけではない。母が行けというから、行った。
小学校入学前にひとりで参加している子供はほかにいなかったが、私は常にボケっとしている性格で、ひとりで、という点は全く気にならなかった。
自炊したのを覚えている。カレーライスだった。
小さい子には危ない、と、何もさせてもらえなかった。
スプーンを並べただけで、大きいお姉さんに大げさに褒められた。
つまんないの。
3段ベッドの2段目で寝た。それは面白かった。
すこし年上のお友達ができた。ミナコちゃん。
よくよく思い返せば雑な時代で、小さな子供は2人でひとつの布団に寝かされていた。
なにかの活動時間で、体育館にいた。
ミナコちゃんとはぐれてしまって、私はひとりで突っ立っていた。
そのとき、大人のお兄さんがなにか話しかけてくれた。
大人、と思ったが、実際は中学生くらいだったかもしれない。
ぽつんとしていた私を気遣ってくれたのだろう。
ひとりで突っ立っている小さな子を気遣う、お兄さんの戸惑った感じが伝わって、私まで緊張し、どうしていいかわからなくなった。
涙がうかんで、表面張力。
そのまままばたきをギュッとがまんしたが、ついにぽろり、と流れてしまった。
お兄さんはあわてた。
そばにいたお姉さんが、お兄さんをとがめた。
私もあわてた。お兄さんは私をいじめてなんかいない。
だが、お兄さんは私になんども謝る。なんと返事していいかわからない。
お姉さんはますますお兄さんを怒り、お兄さんは追い払われた。
お姉さんは私をなぐさめる。
涙は浮かんでは流れる。泣いてはだめ。奥歯をくいしばる。
お兄さんに悪い。お姉さんも優しい。
お姉さんは、泣き止めない私を抱き上げた。
知らないお姉さんに抱かれて、ますますカチコチ緊張する。
泣いちゃだめだ。でも。
もう。
騒ぎは大きくなり、母が迎えに呼ばれた。
幼い私は、キャンプから中途退学と相成った。
「お母さんが恋しかったのでしょう。」と、トンチンカンな理由が付された。
帰り道、母は「もっとしっかりしなさい。甘えないで。」と私を叱る。
母が恋しくて泣いちゃったなんて、不名誉だ。
そんなことじゃない。が、説明できない。
お兄さんは私のことを怒ってないだろうか。
ミナコちゃんともっと遊びたかった。
車の窓の外の景色を目で追いながら、私は押し黙った。