螢源氏の言霊
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【祇園祭2019】宗教団体が供養する龍馬のおかめそばと妖怪の神楽


目次

サミット・御用年表

【祇園祭2018】コロナ福で動く神社と裏天皇を斬った新選組ヤクザ



2019年7月15日



同行者は、里奈氏。



久々に京都駅から上洛した。




①西本願寺



阿弥陀堂あみだどう門。



私の家は、父方も母方も浄土真宗の本願寺派の門徒(信徒)で、その本山がここ西本願寺だ。


つまり、私は自分の家の宗教の中心地にやって来たということになる。



阿弥陀堂。



今までに家族とは何回か来ているが、祇園祭のついでに来るのは初めてだ。


しかし、ここが家の宗派にとっての聖地であることを知ったのは最近だし、そもそもそれまで宗派の正確な名前すら知らなかった。



御影堂みえいどう



具体的には、2018年に母方の祖母が死去して法事が増えて以降、浄土真宗の本願寺派という名前や、西本願寺の位置づけなどを知った。


日本人は無宗教だとはよく聞く話だが、実際のところは宗教だと意識していないほど、宗教が日常に溶け込んでいるだけなのだろう。



阿弥陀堂から入って、御影堂に渡る。



いろいろ調べてみると、浄土真宗は戒律や修行という概念が無いに等しいほどゆるい宗派で、意外と自分に合うかもしれないと思った。


世話になっている住職は、髪を伸ばしており、よく酒を飲み、よく濃厚接触の話をする(笑)



ありがたそうな法要をしていた。



まぁ、そんなゆるゆるな宗派だからこそ日本でいちばん信徒数が多く、また最大の仏教宗派にまでなったのだろう。


もはや宗教とは呼べない気さえもするが、逆に言えば人間の業も織り込み済みなので、堕落も存在しえないということだろうか。



寺の隣地にある聞法もんぽう会館へ。



ここは西本願寺が経営するホテルである。


こんなデカいホテル(名目上は宿坊)を堂々と建てて商売しているところもまた、浄土真宗の寛容さが表れている。



京料理 矢尾定やおさだ



ここ聞法会館の地下にある和食レストランで、手頃な値段で精進料理が食べられる所があると母から聞いて、予約したうえでやって来た。


ちなみに、今はもう閉店しており、別の会社が経営するレストランになったようだ。



量こそ少ないが、上品な味で美味しかった。



「精進・りんどう」という予約制のメニュー。


¥1,890なので、私のいつもの昼食代のおおよそ6倍だろうか(笑)





腹を満たし、また優雅なひととき感を出すためいつも以上にゆっくり食べたところ、里奈氏が笑いをこらえるので大変そうだった(笑)


そもそも、肉を食べない私にとっては、普段の食事がすでに精進料理のようなものだが。



②大谷本廟(西大谷)






ここも浄土真宗の本願寺派の重要スポットで、浄土真宗の宗祖である親鸞しんらんの墓所だが、外見はほとんど寺である。


聞法会館から出ている無料バスでここへ来る、というのが門徒定番のコースなのだとか。



第一無量寿堂むりょうじゅどうというビルがある。



1969年に出来た古いビルなせいか、没落した新興宗教の本部のよう世界観である。





実はこのビル自体が納骨堂、つまり墓であり、数多くの故人のお骨が祀られている。


あの松下幸之助のお骨もあるのだとか。





ここには、亡き祖母の菩提寺である、熊本県の観乗寺かんじょうじの納骨ブースがあり、また祖母のお骨の一部が納められており、それを参りに来た。



抹香は、電気で点火するシステムである。



もちろん、祖母の墓は別の場所にあるが、この場所で手を合わせることで、熊本の菩提寺にも参拝したことになる。


つまり、リモート参拝&墓参りである。



五条バイパスを見下ろすこの眺めが良い。



祖母は数年の病苦の末に、78歳で死去したが、未だにその実感がないし、思ったよりも悲嘆に暮れるばかりの日々ではなかった。


また、墓の有無や葬式のやり方で故人の死後の待遇が変わるわけがないし、基本的にこういうものはすべて遺族の願望である。





だが、祖母が亡くなって数々の法事を経験したことにより、遺族のメンタルケアという面での宗教の有用性についてよく分かった。


本当に成仏されるべきは、故人ではなく遺族の心なのかもしれない。



明著堂めいちょどう



ここが親鸞の墓所らしい。


他力本願、悪人正機あくにんしょうきといった思想を広めたのも親鸞である。





他力本願=人は自力で生きているのではなく、宇宙や自然などの自分以外の存在の力によって生かされていることを自覚せよ。


悪人正機=人は誰もが悪事(動物的本能に支配された言動)を働いてしまうので、自分が悪人であると自覚している者のほうが救われる。



というのが、私なりの解釈である。



古代蓮の種から育った大賀蓮。



現代になって、量子力学と認知科学が登場したことで、凡人であっても仏教=ブッダの教えを体系的に理解できるようになった。


極端な言い方をすれば、宗教なくしてブッダの教えを実践することができるのである。



仏殿。中では読経が響き渡る。



そもそも、ブッダはなにかを信じろとは説いていないので、定義上は宗教とすら呼べない。


寺という宗教施設や宗派の特色は、完成されたひとつの「文化」として捉えて、「信仰」とは切り離して考えたほうが良いのかもしれない。





私がこうやって京都にまで来て、祖母の霊廟に手を合わせているのは、祖母の冥福を祈るためではなく、心を整えて安らかにするためだ。


そもそも、浄土真宗の思想では、故人は死後に浄土(仏国)に行くことは決定しているので、遺族が冥界での幸福を祈るまでもない。



③六波羅蜜寺






観光客が本堂の周りにたくさんいたが、なぜか京都は大阪と違ってゴテゴテ感がない。


気のせいかもしれないが、京都の空気はどこであっても落ち着いているように感じる。





毎年のように、祇園祭にかこつけて夏の京都を歩いているが、その行為自体が自分にとっての瞑想になっているのだろう。


地元から離れ、かつての古都で思いを巡らせることで、高尚に自分を客観視できているような気がするのである。



水掛みずかけ不動尊。




④西福寺







松原橋。



この橋を渡っている時、私の友人であるκカッパ氏がバイクに乗って通ったと、里奈氏が言った。


後で調べると、κ氏は本当にツーリングに来ていたようで、呪われているのかと思うくらいの確率で奴とはよく遭遇する(笑)



大黒屋 本店。



普段の私なら、コンビニのそばを路上で食べて済ませてしまうが、年に一度ならということでこんなちゃんとした店に入ることに。



おかめそば。



山椒をかけすぎて、しばらく口が痺れた(笑)



みんなマスクをつけていないのが逆に新鮮だ。




⑤岬神社(土佐稲荷)



たまたま見かけた神社に入った。




坂本龍馬とゆかりがあるようだ。



坂本龍馬も、実はぜんぜん日本を変えた英傑と呼べる人物ではなかったことが、最近の研究でわかっている。


このことは、生粋の龍馬ファンである武田鉄矢でさえ、ドラマでネタにして認めたほどだが、彼への評価を見直すのも良いかもしれない。



高瀬川。




四条大橋。




長刀鉾なぎなたほこ




この光景は、狂気か正気か。




祇園の花見小路の近くにある小洒落た通り。



なぜ、こんな和風文化が現代に調和した景色は京都ぐらいでしか見られないのだろうか。


こんなんだから京都にばかり観光客が集中し、市長が「京都は観光都市ではない」などと言うような体たらくになるのである。



ホテルささりんどう。



ここを宿にすることにした。


今までは、カラオケやネットカフェで潜伏して夜を明かしていたが、こんなマトモなホテルはさすがに豪勢すぎただろうか。





こういう情景が、日本のどこでも見れるようになれば、観光客が各地に分散され、京都市民が苦言を呈さずに済むようになる。


かくいう私も京都に密集する客のひとりだが、歴史のない街などどこにもない。



2019年7月16日






四条からバスで、千本今出川に向かった。



月鉾つきほこ




⑥大報恩寺(千本釈迦堂)






実は、ここが今回のメインスポットだ。



おかめ塚。



昔からこのおかめ像は知っていたが、こんなに来やすい場所あるとは思っていなかった。


この大報恩寺が、おかめ信仰発祥の地らしい。



日本の美の象徴(笑)



おかめは、鎌倉時代に実在した人物のようで、この寺に興味深い伝説が残っているが、まるで現代人には理解できない価値観である。


いわば、神格化された良妻というところか。



本堂を拝観する。



この本堂はかなり古いらしく、京都の洛中では現存する最古の建築物らしい。


戦災を免れ今でもこの本堂が残っているのも、福の神・おかめのご利益らしいので、ある意味京都でいちばんのパワースポットである。





この大報恩寺の本尊である釈迦如来=ブッダと仏教はインド出身、また七福神のうち六福神はみんな外国人である。


だが、おかめは当然ながら日本固有の存在で、日本文化そのものと言って良い。



いちいち顔が面白い(笑)




この数は、正気の沙汰ではない(笑)



おびただしい数のおかめ像が並べられている。


多くの企業や商品のロゴにもなっているので、これほど親しまれている国民的キャラクターは他にはないかもしれない。



やっぱりこれが昔の理想体型なのか。




感想ノートに、ありがたい顔を描いた(笑)




里奈氏は自画像を描いていた(笑)




すべてが縁起の良いもので揃っている(笑)







大報恩寺から割と近くに、有名な北野天満宮があることがわかったので、行くことにした。



上七軒かみしちけん通を西進。



よく見たら、電柱がない。


コロナで観光業界が大打撃を受けたが、問題は観光客が密集することなので、日本中がこんな景色だったらいい感じに分散されるのに。



⑦北野天満宮



東門から入る。




絵馬所。



歴代の歌人像が掲げられた様は圧巻である。



本殿。



神社というより、和風な公園のような感じで、豊臣秀吉が大茶会を開いただけはある。


北野天満宮の南にある大将軍商店街を歩けば、一条妖怪ストリートというところに出会した。



妖怪もまた日本固有の文化である。




四条に戻り、寺町通商店街へ。




いつも休憩場として使っているa-choへ。




ここで休憩した後、また街に繰り出したが急の夕立に見舞われたので、今は無き京都マルイで雨宿りをした。


というか、コロナのせいか京都マルイを代表に2020年に閉店した店や施設が多すぎるので、やはり大転換の年だったのだろう。



⑧八坂神社






なんといっても、祇園祭の中心地である。


毎年、この日に八坂神社で無料で開かれている石見神楽いわみかぐらという伝統芸能を見に来た。



ステージは能舞台。



2017年にも来たが、当時はすでに舞台の前が人混みで埋め尽くされていて、音しか聞こえなかったという経緯がある。


だが、いざ鑑賞するために舞台の前の来たら、もう恐ろしいほどの密で暑苦しく、とてもじゃないが快適な環境ではない。



牛若丸という演目。



歴史を知っているのでストーリーはわかるが、どうも長ったらしく感じてしまい、伝統芸能を楽しむという心持ちではなくなってしまった。


この長さにもちゃんと理由があるとは思うが、なんの知識もないので、簡潔な情報に小慣れてしまった現代人にとっては理解不能である。





やはりコロナのせいで、2020年は石見神楽も中止されたようだが、これからは観客の人数を制限して、YouTubeで生配信すれば良い。


生配信だけ有料にしたなら収益も得られるし、これは野球観戦と同じで、生よりも映像で見たほうが内容がよくわかるはずだ(笑)



悪王子社。



やはり、神社も祭りも神を祀ることで、災いを鎮めるという祭祀こそ本質であり、人が群がり密集することが本質ではない。


今年2021年も、おそらくは祭祀だけはやると思うので、現地に居ずとも気持ちは京都の空を望み、祭りを遥拝しようと思う。



コロナ前、最後の祇園祭であった。



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