螢源氏の言霊
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【龍蛇の神】第9話 〜神の国〜


龍蛇の神りゅうだのシン

このシリーズは、南北朝時代に実在した神官にして武将・大神信房おおみわのぶふさ(シン)を主役とし、彼の生き様に思いを馳せ、究明と鎮魂をはかる歴史小説である。


目次

【龍蛇の神】第1話 ~神の子~

【龍蛇の神】第2話 ~銭の世~

【龍蛇の神】第3話 ~民の鎖~

【龍蛇の神】第4話 〜法の末〜

【龍蛇の神】第5話 〜春の餞〜

【龍蛇の神】第6話 〜次の賭〜

【龍蛇の神】第7話 〜天の理〜 前編

【龍蛇の神】第7話 〜天の理〜 後編

【龍蛇の神】第8話 〜賊の首〜







あらすじ



時は、鎌倉時代末期。


大神神社おおみわじんじゃはふりシンは、父の勝房かつふさ、兄の大郎たろうと共に、後醍醐ごだいご天皇の側近である文観もんかんと、ある密約を交わす。



それは、打倒・鎌倉幕府をめざす天皇の挙兵に加わるという、一族の命運をかけた決断であった。


しかしシンは、弟の三郎に、大和国を支配する興福寺こうふくじが実のところ幕府と通じており、一族の敵となるという絶望的な事実を告げる。



南都の親しき遊女・ゆきのもとへ寄ったシンだが、興福寺の悪僧・巌玄がんげんらに寝込みを襲われる。


シンは池に沈められるも、河内の商人を称する男に命を救われた。



昏睡状態にありながらシンは、三輪山みわやまの神であり水神の「龍蛇りゅうだ」に護られていたことを悟る。


これは、幼い頃に川で溺れて死にかけた時と同じ、臨死体験であった。



目覚めたシンは、巌玄こそ雪を困窮させていた元凶であることを知り激昂するも、ただただ雪を救いたいという純粋な慈愛の芽生えに気づき、我にかえる。


シンは、まるで悪童と呼ばれていた頃のような大胆さを取り戻し、物の見事に巌玄を倒す。



そして、興福寺の支配から脱却するべく、戦いに身を投じる覚悟を決めた。


大神神社に帰還したシンは、来たる挙兵を前にどこか物憂げな様子であったが、活路を開くために河内の商人のもとへ訪れる。



ところがその商人の正体が、自身の伯父である越智邦永おちくにながを討伐した、猛将・楠木正成くすのきまさしげであるという事実に驚愕する。


邦永の死をもたらした世の不条理こそ、シンの心を捻くれさせていたのだ。



正成は、幕府の命によって致し方なく友である邦永を討伐したこと、その償いとして今に至るまでシンを密かに見守っていたことを明かした。


正成に信頼と希望を見出したシンは、長年の厭世観から解き放たれ、倒幕を誓う。



天皇の倒幕計画が幕府に発覚したことにより、大神神社は挙兵派と中立派に割れ、分断を深めていた。


シンはこれまでの自暴自棄を改め、挙兵に向けて神社をまとめるべく奔走していたが、中立派の手先らしき者に襲撃され、足を負傷する。



第9話 〜神の国〜







―評定―



元徳3年7月10日(1331年8月14日)
大和国大神郷(奈良県桜井市三輪)




平等寺びょうどうじ——


そこは、大神神社の境内にある大寺院である。



三輪山麓の斜面を覆うように、多くの伽藍がらんが建ち並ぶ。


日々、仏法の修行を盛んにする名刹めいさつで、大神神社の神宮寺としては最大である。







ここで、評定ひょうじょうが開かれている。


この霊験れいげんあらたかな平等寺の食堂じきどうに、総勢100人の氏子うじこが集結し、そのうち40人の代表者が思いのままに弁を振るう。



普段であればこの食堂は、まさしく伽藍堂というべき広々とした空間だが、今日は人だかりが堂内の四辺を隙間なく埋め尽くしている。


ここで一族、いや、大神神社の身の振り方が決まるのである。



早朝から始まった評定は山場を迎え、堂内は異様な熱気に満ちていた。


社家、武家、仏門、様々な家柄の者たちが入り混じりひしめき合い、誰が発したのかも分からぬほどに白熱した怒号、嘆声たんせいが飛び交う。



調停役を任されていた大郎は、氏子たちが乱闘を起こさぬよう、座から立ち上がらぬこと、暴言を吐かぬこと、発言の順を破らぬことを喚起していた。





大神大郎元房おおみわたろうもとふさ

大神神社の禰宜ねぎ。長男。シンの兄。満28歳。



大郎は声を張り上げ、それを何度も何度も繰り返してはいたが、一向に言いつけを破る者が後を絶たないのである。



評定の混迷は、大郎の心を煩わせていた。


いつもであればけたたましかったはずの蝉の声が、今日は威勢がなくいびつなものに聴こえる。



果たしてこの不快な蒸し暑さは、残暑のせいなのか評定のせいなのか。


賓頭盧尊者びんずるそんじゃも、暑さで真っ赤になっていた。



いずれ大神主おおかんぬしの職を父から譲られる身として、ここで上手く氏子たちをとりなすことが出来るか否かで、己の器量が問われるのではないか。


そんな風に、勝手に重圧を感じてしまうのが大郎の癖で、それで胃薬に頼ることも多い。



ここに居るほとんどの者は、優勢な挙兵派が中立派を蹴散らし、評定は早々に決着がつくだろうとばかり想定していた。


しかし、ここに来て中立派が勢いづいているのである。



その理由は、シンが襲撃されたことにある。


シンの読みどおり、やはり中立派は仏罰論を持ち出すことで、挙兵派を牽制した。



命は助かったとはいえ、側から見ればシンは、挙兵を推し進めているなか、落馬によって負傷するという不運に見舞われたのである。


日頃から賄賂という邪道を働き、氏子をそそのかして興福寺に背を向けさせようとしているというあるまじき所業をなしたため、罰が当たったのだと中立派は糾弾する。



さらに、そんなシンに賛同する者にも、いずれ仏罰が下されるであろうと脅したのだ。


激しく反論する挙兵派だったが、明らかに萎縮の色を見せていた。



問題のシンは、養生のため不在。


それをいいことに、中立派の主張はさらに勢いを増し、あわや形成逆転にまで持ち込まんばかりの様相さえ醸し出している。



くわえて、シンの過去の素行に難があったのは事実のため、一族の者さえシンを擁護することは難しかった。


一応、シンは大神主の次男坊だが、とっくの昔から誰もそんなことは気にも留めていない。



大郎
まずいことになりましたね…。



大郎がそう漏らした相手は、父の勝房である。





大神主水正勝房おおみわもんどのしょうかつふさ

大神神社の大神主おおかんぬしにして、大神氏の当主。シンの父。大神郷の領主。満53歳。



勝房は一言も発さず、上座にてひたすら目を瞑って不動を貫いている。


その様はさながら座禅僧か木像だが、これでも氏子たちの議論を傾聴しているらしい。



勝房
うむ。流れに任せる他ない。



目と口を開いた勝房だが、発せられたのは随分と受け身な所見である。


最終的には勝房が裁決を下すとはいえ、この評定で中立派が多数になってしまえば、挙兵を断念せざるを得ない。



たとえ勝房が挙兵を無理強いしても、誰もそれに応じなければ無為に終わるだけだ。


大神主とはいえ、専横を振るえば氏子たちの反感を買うことになり、そうなれば己の首を絞めることになる。



だがこのままでは、中立という名の興福寺への隷属から脱することは出来ず、虫に食われるように大神神社は侵しかすめられてしまう。


この場をぎょしてくれるのなら邪神でも天魔でも構わない、そう願うほど大郎は人の愚かしさに嫌気が差していた。



中立派の誰もが、大して筋の通った理由もなく、ただ興福寺への恐れから、是が非でも挙兵に反対しているだけである。


最も恐れるべきは、人の恐怖心なのだ。



もし、帝が捕らえられたとしても、北条が落ち目であることに乗じ、倒幕のために挙兵する有志は必ず現れよう。

(帝=後醍醐天皇。)
(北条=鎌倉幕府。)


なにより、この機に立ち上がらなければ、これまでのように、いや、これまでよりもさらに腐り切った支配と、それに甘んじる屈辱が永久と繰り返されるだけだ——



ふと目を向ければ、堂の入り口に誰かがいる。


この上座からは、もっとも遠い位置である。



逆光でよく見えないが、男は杖をつきながら次第次第にこちらに近づいてくる。


男に気がついた氏子の一人が振り返り、まるで見てはいけないものを見てしまったかのような口ぶりで言った。



は、はふり殿…!



杖をつく男の正体は、シンであった。





大神神二郎信房おおみわしんじろうのぶふさ

大神神社の祝。次男。満26歳。あだ名はシン。



大神神社において、祝という時代遅れな役職に就いているのはシンだけなので、氏子からはそのままその職名で呼ばれている。



シンが歩くたび、縁側の板間に打ち付けられた杖の音がよく響き渡り、それに気がついた者から順々に議論をやめた。


大郎がいくら呼びかけても黙らなかった氏子たちが、水を打ったように静まり返る。



シンは、枝分かれした木を切っただけの杖を左手に、背には布で包んだ何かを負っている。


その風態だけ見れば、余生を過ごすおきなのようだが、一挙一動が重苦しいことも相まって、その佇まいの異様さが惜しげもなくあらわされている。



顔はいつものシンだが、足の痛みを堪えているのか、その表情は少しばかり苦悶くもんしているようにも思える。


先ほどまで熱心にシンの陰口を叩いていた者は、やはり本人を前にすると後ろめたいのか、一変して口を閉ざしてしまった。



シンが進めば、勝手に人混みがはけけていく。


堂の中央の、空虚な間にシンがひとり立ち、何も顔色には表さずに、氏子たちを見渡す。



一体、シンは何を言い出すのか、一堂は食いつくように注視している。


しかし、あくまでシンは沈黙を続ける。



するとシンは、その場に座り込み、肩に背負った物を床に置いて、それを覆っていた布をほどき、中身を露わにした。


賊の生首である——



一堂の間に、驚きとどよめきが走った。


生首をまじまじと観察する者、逆に目を逸らす者もいる。



塩漬けにしていたのか、顔は崩れているが、まだ腐敗は進んでおらず、なんとか人相が認められるくらいの形は留めている。


生首は、目を閉ざされてはいるが口は半開きで、実に間抜けな面構えである。



おい!!どういう了見りょうけんじゃ!?



氏子の一人が、シンに吠えた。


おそらく、中立派の者である。



シンは杖を支えにして、苦心しながらも立ち上がり、大きく息を吸った。



シン
この評定で、大和の行く末が決まる。



シンがそう、あたかもこの世のすべてを知っているかのような言い様で断ずると、再び氏子たちの間に静寂が訪れる。


先ほどの氏子の投げかけに答えているのかいないのかは分からない。



シン
挙兵すれば興福寺に弓引くことになるが、挙兵せねばその恐れはない。ならば、このまま何もせぬが得策。そう思うのが人のつね



床に放置したままの生首など、単なる置き土産に過ぎんと言わんばかりに、シンはあっけらかんとした顔で弁舌を続ける。



シン
それでも、この人の常には物申さねばいかん。それこそ神を祀り、大神郷、そして大和国の安寧を祈る者としての道であると心得る。



口の悪い氏子といえども、手負いの者に面と向かって罵詈雑言を放つのは気が引けるようで、まさしく怪我の巧妙が体現されている。


勝房はやはり不動を貫いていたが、その鋭い眼光だけは、語りながらもうろうろと動き回るシンの姿を捉えていた。



シン
しかし、このように思われる御仁ごじんもおられよう。〝長年、神事を怠り、放蕩ほうとうを尽くし、ついには仏罰まで下された阿呆あほう者が、この期に及んで何を言うとるんや〟と。



シンの自嘲に、氏子たちがどっと笑った。


先ほどまでシンの陰口を叩いていた者ほど、腹を抱えてあざけり笑っている。



たしかに俺は、今まで好き勝手やって来た。無茶苦茶なことして、人に散々迷惑をかけた。よくここまで死なずにやってこれたもんやと己でさえ感心する。



思い出すことさえ嫌なこともあるが、シンはあくまで冷静に過去を回想した。



シン
俺がこうなったのにも因果がある。それが15年前、我が伯父・越智八郎が、北条の非道を前にたおれたこと。恩人の死で見えた世の不条理は、幼い我が身の性根を歪ませた。

やがて機は熟し、この度、天運によって北条への仇討ちを果たす時機じきがもたらされた。それが挙兵すべき所以ゆえんのひとつでもある。




この評定には、邦永の一族も氏子として馳せ参じており、シンの談を誰よりも神妙な面持ちで見届けている。


越智氏は、挙兵派のなかでは最有力豪族ということもあるが、その家訓は鎌倉幕府を打倒して邦永の仇を討つことであり、根本からの気迫が違っていた。



シン
ただし、兵を挙げるに足る大義は、もっと深いところにある。そもそも、北条は朝敵であることをお忘れではなかろうか。

およそ百年の昔、承久じょうきゅうの乱にて時の院は、打倒北条を掲げるも敗れた。結果、北条はたまたま勝者になってしまったがために、朝敵とは呼ばれてはない。


(時の院=後鳥羽上皇。)


シン
とはいえ、臣下であるはずの北条が院に弓を引き、島流しに処すという前代未聞の悪逆を働いたことには間違いはない。

今日こんにちの北条の世そのものが、もとを辿れば朝敵がでっち上げたその場しのぎの天下である事実は肝銘かんめいされたし。




シンの講釈に同調すれば北条への叛意ほんいとなり、かといって北条を擁護すれば朝敵である。


氏子たちの心境は、そんな今にも崩れそうな均衡の上に立たされていた。



シン
そして北条は今、帝のご挙兵の志を〝逆心あり〟と断じ、封じ込めようとしている。先例にならい、帝が流されるのも時の問題。

しかし、帝のお志は世直しのため。世を乱す北条を討ち滅ぼさんがため。臣下の北条が、帝をあたかも逆臣扱いするというのは、ちゃんちゃら可笑しい話や。ここにおられる方々なら、それくらいの道理はお分かりのはず。




氏子たちは、互いに目線だけで相談し合う。


シンは、その様子を見逃さなかった。



シン
さて、興福寺に背を向けることを恐れる者も多かろう。なんせ、この大和は興福寺が守護する国。興福寺にケンカを売った結果、誰かのように仏罰が下される懸念もある。



再びシンは、中立派の氏子たちを嘲笑させた。


耳目を集めるためなら、滑稽者になることくらいいといはしない。



シン
だが、ここで留意せねばいかんことは、興福寺に与することは、帝に弓引くことと同義であること。あるまじきことに、興福寺は北条に与して、帝に背を向けようとしている。帝に大恩があるにも関わらず。

大和を守りたければ、日ノ本すべてに目を向けるべし。帝に弓引けば、すなわち朝敵。されど、興福寺に背いたところで、せいぜい仏罰という名の脅しがある程度。それに、仏が罰を下すなどと、釈尊しゃくそんが説いたことはあろうか?


(釈尊=釈迦。)



この問いかけに、どの氏子たちも隣の者とささめきあい、堂内がざわつき出す。



シン
無論、ない。



そうシンが断ずると、再び静寂が戻る。



シン
これはどんな仏典を読み漁っても明らかなこと。いわば、仏罰などという仰々しい説教は、重税を納めさせるための脅し文句でしかない。その反面、いざ朝敵となれば、日ノ本すべてを敵に回す覚悟が必要となる。



シンが言ってはいけないことばかり言っていることは、誰の目にも明らかである。


それでも、あまりに躊躇ためらいなく、しかも当然のごとく禁忌きんきを犯しているため、むしろ聞いている側のほうが肝を冷やす結果となっている。



その禁忌が守られているからこそ、ここにいる誰もが興福寺に血税を納め、一応の秩序らしきものが体を成しているのである。


興福寺の権威を否定してしまえば、己の過去の行いそのものを否定することなってしまう。



シン
ここで、もっと物事の根本を語ろう。皆々、興福寺を恐れとるが、それが建立されたのはせいぜい600年ほど前。

一方、我が三輪明神みわみょうじんが祀られたのは、遥か神代かみよの昔。到底、比べものにもならん。興福寺はあれやこれやの理屈をこねて、明神が鎮守していた大和国を簒奪した。


(三輪明神=大神神社。)



ここでシンは、あえて間を設ける。


氏子たちが難しい顔をしているのを見て、再び息を大きく吸い込んだ。



シン
後からひょいと建てられた寺ごときを恐れるのは、己が腑抜けであると言いふらすも同然。もしこれから、興福寺が仏罰やどうたらこうたらほざいて来たら?

そのときは〝祟られるぞ〟とでも返してやれば良い。我々は由緒の厚みが違う。大和は元より、神の国である。




シンのあまりに度を越した挑発に、あえなく失笑する者さえいる。


だが、真っ当な見識を持つ者にとっては、実際のところシンが先ほどから正論しか言っていないことをよく理解していた。



日々、胸に秘めながらも、皆どこかで感じていた矛盾への憤り、道理を貫くことへの渇望。


それをまさに今、目の前でシンが身をもって言い表してくれているのである。



シン
もし、皆が立つのであれば、この度の禍根は水に流すことにしよう。



杖に助けられながらも、シンは生首の髪を掴んで、それを高々と掲げた。



シン
つまり、この賊の親玉をあぶり出して、深追いするようなことはせんということ。今は内輪揉めの時やないからな。



シンは、わざと中立派の氏子たちにも生首の顔が見えるよう全方位に掲げ、釘を刺す。


後ろ暗いところがあるのか、諦めたような表情を浮かべる者さえいる。



もしシンを襲った賊の首魁が明らかになれば、その者が処断されることは確実だ。


顔の見えぬ首魁たちは今、シンに助け舟を出されていることを疑いなく自覚していた。



シン
よしんば、打倒北条が成就して、帝のご親政が続けば、我らが大和国の守護を預かる日が来ることだってあり得る。言わずもがな、氏子の皆々の所領は増え、官位も上がるやろう。

(親政=天皇が自ら政治を行うこと。)


シン
たしかに、罰を恐れるのは人の常。しかし、我らには三輪明神のご加護があることを忘れるな。遥かいにしえよりありし神を祀ることも、これまた人の常。神仏は恐れるものにあらず。たっとぶべきものなり。



挙兵派の氏子たちが、大いにうなずいている。


はじめは探り探りだった彼らだが、いつの間にかシンに待望の眼差しを向けていた。



シン
そのうえ、帝は神を祀る者の頂点。これをたてまつることも、これまた人の常。神を祀り、帝を頂く。それぞ日ノ本の成り立ちにして、我が三輪明神が今日まで大和国いちみやとして、絶えることなく信じ仰がれている所以。



何人かが、シンの論に同意する旨を小さいながらも声に出して述べている。


いよいよ何かが吹っ切れたような、颯爽とした気概が、堂内を満たそうとしていた。



シン
そして、これを守り抜き、非道をただすことこそ、我らが生まれでた意味にして、兵を挙げることの大義ではなかろうか。



シンは強めに杖を床に打ち付け、ここでやっと歩みを止めた。



シン
この評定で、大和の行く末が決まる。臆すれば滅び、立てば栄える。



はじめに言ったことを繰り返したが、その語調は明らかに先ほどより澄んだものとなり、声はより堂内に響き渡っている。


シンはすべての氏子を見渡す。



シンに同調する者たちの眼差しは一層に強くなり、それぞれの胸を高鳴らせている。


利害や道義のためではなく、ただただはらの底から湧き出る望みのために挙兵するのだと。



シン
三輪明神が、必ずや氏子の皆々に永久とこしえの安寧をもたらすことを誓おう。今こそ、大和国を神に返す時。いざ、戦に備えようやないか!



シンの檄に、挙兵派の氏子たちが呼応し、一斉に立ち上がる。



そうじゃそうじゃ!!

戦や戦!!

臆するな!!挙兵や!!



もはや、挙兵派か中立派かの見境もなく、立ち上がらぬ者は男ではないと言わんばかりに、拳を掲げ声高らかに挙兵を訴える。


それは、湿気を打ち消すほどの熱量である。



またもや、評定は騒がしくなった。


だが、今度は混迷ではなく、熱狂として。



シンの独擅場どくせんじょうが、一気に風向きを変えたのだ。


その様子を見届けると、シンはまたそろりそろりと杖をつきながら、食堂を後にした。



未だ冷めぬ挙兵派たちの盛況を前に、中立派の威勢は見る影もなくなっていた。


ふと、勝房がわざとらしく咳き込んだ。



これを察した氏子たちは、次々にそれぞれの座に戻り、私語をやめて姿勢を正す。


ここに来てはじめて、大神主が皆に向かって何かものを言うようだ。



勝房
この儀は内密に願いたいが、楠木兵衛ひょうえ殿よりご加勢をたまわることと相成あいなった。



勝房がその名を出した途端、その場の空気が凍りついた。


無論、これは楠木正成のことである。



幕府の御家人にして、畿内でも有数の戦巧者いくさこうしゃである正成が味方になるという、氏子たちにとって流言飛語の類でしかなかった話を、勝房は決定事項として大真面目に語っている。


この場で告げ知らせている時点で、もはや内密でもなんでもなくなるが、勝房からすればそれが狙いであった。



勝房
仮に挙兵を拒むとなれば、いずれ楠木殿と一戦交えることになろう。そのときは覚悟を。



勝房としては些細な忠告のつもりだったが、たちまち氏子たちの顔は青ざめてしまった。


正成の兵略の恐ろしさを知らぬ者はいない。



勝房
改めて皆々の所見を問いたい。挙兵すべきでないとする者は?



大神主・勝房の問いかけに、氏子たちは目だけを泳がせていたが、誰も微動だにしなかった。


いや、微動だにできなかったのである。



なんと、全会一致で挙兵は賛成された。


この場にいるすべての者の心から、挙兵に反対して中立を決め込むという浅はかで甘ったれた考えは、跡形もなく消え去っていた。



勝房
では、帝のご叡慮えいりょに応え、身共みどもが一丸となって戦備えを行い、必ずや兵を挙げることを互いに誓い合う。もって、これを此度こたびの評定の決議とす。



大神主による裁決を前に、すべての氏子が平伏し、散会となった。



―父子―



勝房は、シンを追って一人、堂外に出る。


シンは馬駐うまどめに居て、従者の肩を借りて乗馬しようとしていたところだった。



勝房
神二郎、でかした。



太い声からの呼びかけに、シンは振り返る。



シン
親父…。



この父子は、滅多に言葉を交わすことがない。


一時期、シンが勝房に勘当されたという噂が流れたほどだが、決して不仲ではない。



むしろ勝房は、気難しいシンの為を思って、これまで放任と不干渉を貫いて来たのだ。


なのでシンが元服してからは、祝という役職以外は何も与えなかったが、どんなことがあっても叱りつけたりはしなかった。



シン
俺、人生やり直すことにしたわ。



久々の会話で、少しばかり言葉に詰まったシンだが、存外にすぐ心境を明かせた。



勝房
ははは!それは良えことや。



これほど父が笑ったのは、いつぶりだろうか。


そう思ったのはシンだけでなく、勝房の後を追ってやって来た大郎もである。



大郎は、回廊から密かに父と弟の横顔を見ていた。


勝房とシンは、昔から滅多に顔すら合わせなかったが、互いにどこか通じ合っているような気がしていたことを大郎は思い出した。



それは、勝房のシンへの信頼感か、シンの勝房への安心感かは分からない。


勝房につられて、シンも頬を緩ませた。



きっとこの親子は、言葉なくして誰よりも理解し合っているのだと、見慣れぬ父の笑顔を目の当たりにして、大郎はそう確信したのである。


大郎は、なぜだか急にひどい疲れを感じたので、さっさと堂内に戻ることにした。



そうだ、勝房があんなにも笑ったのは、シンが神の如き童と呼ばれていた頃以来だった。


回廊を歩きながらも、大郎は記憶をたぐる。



聡明で素直だったシンは、越智邦永の討死から一変して悪童になった。


そして、一族もどこか侘しくなったのだ。



まだ日は天にあるのに、目の前が真っ暗になるような気がしたので、大郎はわざとらしく天井を見上げて息を吸いこみ、足を早めた。


背中から聞こえてくる、シンと勝房が談笑する声から、出来るだけ遠ざかるために。



シン
養生に戻るから、出仕はしばらく堪忍な。


勝房
大事ない。



もう、ひぐらしが鳴く刻限になっていた。


シンはやっとのことで馬に乗り、庵に帰る。



勝房は堂に戻りつつも、何度か振り返ってシンの帰路を見届けた。


火照りを癒す風が、青葉や枝を軽やかにかき鳴らしている。



―元弘―



元徳3年8月9日(1331年9月11日)




後醍醐天皇は、元号を「元弘げんこう」に改める。


改元は関東にも公布されたが、鎌倉幕府はこれを認めず、依然として元徳の号を用いることで、天皇への敵対心を露わにした。



時代の変革は、何人なんぴとたりとも逃れられないほどに差し迫っていたのである。


この改元を合図として起こる天下大乱は、後に「元弘の乱」と呼ばれることとなる。



―油蝉―



元弘元年8月20日(1331年9月22日)
大和国大神郷(奈良県桜井市三輪)




シンは、大神神社の摂末社のひとつ、曽富止そほど神社に参っていた。


竹林に埋め尽くされた丘に立つ小さな社で、足が不自由ながらも世のすべてを見通した知恵の神・久延彦くえびこを祀っている。



社殿までの急な坂道を、三郎の手助けなく登れるようになるほどシンは回復していた。


具足や武具を買い揃えたり、あちこちに文を出したり、郎党を組織したり、戦備えに忙しい日々だが、その合間を縫って鍛錬のためこの社をよく訪れている。



青竹の間から、三輪山を拝することが出来る。


三郎は、手を合わせながら言った。





大神三郎武房おおみわさぶろうたけふさ

大神神社の神人じにん。三男。シンの弟。満19歳。



三郎
世の中どうなっていくんかな。


シン
当たり前が当たり前でなくなるかもな。


三郎
どういうこっちゃ。


シン
さぁな。ただ、これからが一番面白くなることは間違いない。



たった一匹の油蟬あぶらぜみが久々に鳴いたかと思えば、それにつられるように、未だ絶えていなかった蝉たちが一斉に合奏をはじめた。


もう静かになったかと思われた秋方の竹林が、あっけなくかまびすしくなる。




つづく。











龍蛇の神・テーマソング『Three Rings』

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