Shogo公式BLOG -5th season-

Shogo公式BLOG -5th season-

shogo改め、Shogoです。よろしく(・∀・)

Amebaでブログを始めよう!

 

 

Shogoです。

 

今回でアメブロ200回目の投稿になります。

 

これをアメブロにおける最後のブログとする。

 

 

 

全米で大ヒットした映画「ジョーカー」

 

 

何でこれが大ヒットしたか…。

 

 

今世の中には、「ジョーカー予備軍」ともいうべき、

 

「セミ無敵の人」が量産されつつあるからです。

 

あなたも他人事ではない。

 

 

「無敵の人」というのはネットスラングで、

 

要するに失うものが無くなった人の事です。

 

家族も友人も恋人もおらず、仕事も失い、

 

夢も希望も見いだせなくなった人。

 

 

 

そして、実はイルミナティは「わざと」

 

こういった状況を創り出そうとしてきたのです。

 

何故か?

 

 

 

 

世界統一政府を創るためです。

 

ワクワクで分断を図ってきたのも、

 

クソみたいな政治家に好き勝手させてきたのも、

 

政府に対する不満を極限まで高めるため。

 

 

 

国家権力を内側から崩壊させ、

 

この地球上の全てのゴイムを「ジョーカー」に仕立て上げ

 

世界中の民主主義国家を崩壊させる。

 

 

そこに、新たなる秩序を創造する。

 

それこそが新世界秩序であり、

 

ニューワールドオーダー。通称NWO。

 

 

この日本においても、レプリコン騒ぎが起きつつあるが

 

これからが本番である。

 

レプを打った者は駆除対象となり、

 

「レプ狩り」が行われる可能性もあり得る。

 

 

 

あれの真の目的は、反社会的勢力をあぶりだすことにある。

 

参政党に代表される、彼ら側が用意したケースに収納される。

 

PSYCHO-PASSでいえば、通称AAである。

 

 

 

自民党の反対勢力として立憲民主党が存在するようなものか。

 

全ての党が彼らの用意した駒であって、

 

盤上に真のプレイヤーが居ないことにも気付かない…。

 

プレイヤーにとっては王将でさえも駒に過ぎない。

 

 

 

この話をしても理解できる人は、

 

100人中1人ぐらいだろう。

 

 

 

 

実際には、打つかどうかは問題ではない。

 

そちらにフォーカスさせておいて、

 

本命は牛や鳥などを経由してブチ込んで来る。

 

食べることでワクワクしたことになってしまう。

 

 

ある日、彼らは「あえて」全てをバラすだろう…。

 

実はアレが生物兵器であったこと。

 

もう取り返しがつかないことを知る。

 

 

 

まずは家畜への強制ワクワクから始まるだろう。

 

その時が来たなら、確実にゴイムによる暴動が起きる。

 

彼らイルミナティのエージェントが先頭に立って、

 

革命を先導するからだ。

 

 

 

これまでの革命という革命は全てイルミナティが起こした。

 

ゴイム達は「政府」に対して、その怒りをぶつける。

 

政治家や資産家は外を歩けなくなるだろう。

 

 

 

 

全てが彼らの計画通り。

 

 

 

いかにゴイムが決起しようとも、

 

それらは全てNWOの布石として利用される。

 

全世界監視システム導入の口実になるだけだ。

 

 

「ジョーカー」も、ジョーカーを祀り上げるゴイムも、

 

いいように踊らされているだけ。

 

勿論、警察や政治家も踊らされているだけ。

 

監督の掌上で。

 

 

 

だからこそ、「この世界は、ただの舞台」 なのだ。

 

舞台の外に出なければならん。

 

圧倒的視座に立たねば真実は見えてこない。

 

 

 

どういう形であれ

 

私と関わりを持った者には、この視座を持つに至って欲しい。

 

 

 

 

どの政党が与党になろうと

 

誰が大統領になろうと

 

どう転んでもシナリオは既に書かれている。

 

 

24話まであるドラマの、今8話ぐらいだと思えばいい。

 

24話まであるとしたら、もうそこまで書かれているので

 

書かれている通りに事が進むということだ。

 

 

 

ある意味

 

イルミナティの連中さえも、その範疇にある。

 

つまりは「設定」ということになる。

 

そういう「役者」であり、「役割」である。

 

 

 

もうハッキリ言ってしまうと

 

この世そのものが映画の中であると

 

そう言っているのだ。

 

 

 

この感覚が腑に落ちれば、本質が見えてくる。

 

テレビなんか言うまでもなく全てが茶番であって、

 

演劇というか、ドラマというか、

 

一から十まで全てがヤラセということである。

 

 

 

 

何しろ、この世そのものがヤラセなのである。

 

捏造なのである。

 

マトリックスなのである。

 

 

選挙などするまでもなく、

 

肝心な部分は既に決定されているのであり

 

全てが予定調和、出来レースということになる。

 

 

俺は子供の頃から退屈で仕方がなかった。

 

何もかもが茶番に見えた。

 

そして、その直感は間違ってなかった。

 

 

野球とか観ても何が勝ちで、何が負けなのか

 

分からないのだ。

 

熱狂できる要素が見つからない。

 

 

 

A軍とB軍を戦わせて、どちらが勝っても

 

その両軍のオーナーにとっては同じではないか。

 

 

 

つまり本質的には戦ってないのだ。

 

アメリカとロシアが戦争したとしても、

 

結局上にはイルミナティが君臨しているわけで、

 

自分の右手と左手で腕相撲しているようなものである。

 

 

 

「ジョーカー」を観ている自分こそが

 

実は道化(アバター)であると。

 

 

 

 

 

美少女の中身が美少女とは限らない、ということ。

 

美少女に見えても、それはいずれ老婆となり

 

白骨となり、灰となる。

 

つまり最初から美少女なんてのは存在しない。

 

 

 

美少女を動かしているのが実はオッサンというのもあるし、

 

その逆もある。

 

 

 

男は男を演じているし、女は女を演じている。

 

人類みな役者。

 

家族は須らく家族ごっこをしているとも言える。

 

 

 

人間は着る服で決まる、という話に通ずる。

 

ここでいう服とは、布に限らない。

 

この肉体そのものが、言うなら着ぐるみである。

 

 

 

 

何故俺が、先日この人を推したかというと

 

気付いたからである。

 

 

 

よく考えたら、俺も毎日着ぐるみ睡眠をしていたのである。

 

この体そのものが着ぐるみであるからして

 

本当の睡眠など一回もしたことが無かったのだ。

 

全人類が実は着ぐるみなのである。

 

 

 

いかにも大統領のような顔つきで、

 

それらしい服を着れば大統領に見えるものである。

 

ボケた爺さんでも大統領を演じることが出来る。

 

 

 

ジャケットを着ればいいのかって話だが

 

ジャケットを着たら着たで、

 

そういう役者になってしまう。

 

 

 

本当の意味で自由でありたければ、

 

全裸以外の選択肢は無い。

 

 

 

 

人間に見えているものは、

 

決定的な話をするなら須く有機的な何かに過ぎず、

 

ただ無数の原子が蠢いた結果、

 

それらしい現象が起きているように錯覚しているだけである。

 

 

 

 

文字がゲシュタルト崩壊するように

 

世界がゲシュタルト崩壊し始めた時、

 

物質は全て光、という真実に気が付くはずである。

 

 

目に映るものは、文字通り「映し」ですから

 

光の電気信号を脳で映像化する際、

 

上下左右をひっくり返して脳内で動画にしている。

 

 

 

これが事実であることからも、もはや疑う余地はない。

 

目の前にある世界は虚像なのだ。

 

 

虚像に介入しようとしても、無力を痛感するだけ。

 

フィルムに干渉しなければならん。

 

 

もう既に完成した映画の中身は変えられない。

 

ならば、我々に出来ることは…。

 

 

 

 

観る映画を変える、ということだ。

 

この世の中は面白いもので、自分の認識のズレによって

 

天国にも地獄にも見え方が変わるのだ。

 

 

どこにフォーカスを当てるか、

 

どこに光を当てるか、

 

これだけでも変わる。

 

 

何をもって絶望とするか、何をもって希望とするか。

 

誰が国のトップになるとか何の関係も無い。

 

この人生の舵を握っているのは自分なのだ。

 

 

監督は自分なのだから、

 

自分だけの「作品」を造ろう。

 

 

何が起きても終わり良ければ総て良し。

 

途中のイザコザは、ちょっとしたスパイスだと思えばいい。

 

何も起こらない映画など、本当はあなたも望んでないはず。

 

 

ここに至った者を

 

「真の無敵の人」と呼ぶことにしよう。笑

 

Shogoです。

 

10年前に見た景色を今歩いてみる。

 

10年前の服を着て、その土地を散歩する。

 

そういう事をたまにやっている。

 

 

全く忘れていた事が、

 

その時分に自分を合わせることによって

 

不思議とその波動領域に居た頃を思い出す。

 

 

 

でもそこには、かつて居た誰かは居ない的な。

 

いや、そもそも最初から居なかったのだ。

 

誰も居なかった。

 

 

 

居るのはいつも自分だけ。

 

職場を変えたり住処を変えたり、

 

そういう機会が割と多い人生だったので

 

余計にそう思うのかも。

 

 

誰かがそこに居るのに、見えない。

 

居たはずの人がいない。

 

そこにログインしていない。

 

 

幾度の出会いと別れを経験して分かったことは、

 

人生は失う事だという名言があるが

 

それは違う。

 

 

そもそも最初から何も得てなどいない。

 

だから誰も失ってなどいない。

 

ただ、見えなくなるのだと。

 

 

 

今まで見えていたものが、幽霊であったと。笑

 

この世には幽霊しか居ない。

 

波動領域を相手に合わせている間しか、

 

その人が見えないということは、そういう事になる。

 

 

逆に、相手にとっては

 

俺の方が幽霊ということになる。

 

 

 

俺は今こうして肉体を持って生活しているけれど

 

過去となった人には、もう俺を見つけることは出来ない。

 

もう二度と俺と会話することは出来ない。

 

 

その人がもう一度それを望んで、

 

俺がそれに合意した場合のみ

 

一時的に目の前に現れる、ということは出来るが…。

 

 

 

でもそれは、もう「かつての俺」ではない。

 

その人が知っている俺など最初から居ないのであって、

 

その人の中のイメージ(幽霊)に過ぎない。

 

 

自分自身さえも、

 

寝ている間は別の世界にログインしているわけで

 

ここにある肉体はアバターでしかない。

 

 

肉と肉が再会しても何にもならない。

 

魂は、そこでやるべき経験を終えると

 

どんどん違う所へ行ってしまうからだ。

 

 

体が隣にあっても

 

もうその人の心はそこには無い、ということが

 

往々にして、よくあるのだ。

 

 

 

出会いとは偶然の産物。

 

次の曲がり角まで、一緒に歩こうか。

 

みたいな感じだ。

 

 

人生その繰り返し。

 

結局は独りで歩いてる時間の方が遥かに長い気がする。

 

30年一緒に居ても、3分だけ話した人も

 

出会いと別れという意味では同じである。

 

 

 

30年という年月一緒に過ごそうとも

 

終わってしまえば夢幻の如し。

 

その人は幽霊だったと その時ようやく理解するだろう。

 

 

人間は見えないから不安になるわけだが

 

見えていたとしても、それは幽霊ですから

 

今たまたま見えているだけ。

 

 

いつかは必ず見えなくなる。

 

でも、居るといえば居るのだ。

 

見えなくなった人は消えたわけではない。

 

見えないだけで居るのだ。

 

 

 

ただし、その姿形や心の有り様については

 

刻一刻と変わっていくから

 

「その瞬間を共に過ごした頃の自分と相手」

 

は、思い出の中にしか居ない。

 

 

 

この手が空いていなければ、

 

誰の手も掴めない。

 

だから、これでいいのだ。

 

 

 

色んな場面を観てこそ人生。

 

一つの映画がいくら面白かったとしても

 

それを100回観るより、色々観ないと。

 

人生にはタイムリミットがあるのだから。

 

Shogoです。

 

秋の風が吹き始めた今日この頃

 

最近面白かった動画のリンクを貼っておきます。

 

見る抗うつ剤 です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに私のオススメは、

 

着ぐるみ睡眠ニキです。笑

 

 

 

近年稀にみる天才に違いない。

 

 

こういう本物の天才を見つけるのは

 

我ながら得意です。

 

 

 

Shogoです。

 

バブルの頃に「ノーパンしゃぶしゃぶ」というのが

 

実際にあったのは有名な話。

 

そして実は、今もあるらしい。笑

 

 

 

 

こんなもん誰が得すんねん 笑

 

 

 

まぁ、それはともかく…。

 

娯楽という娯楽が蔓延し、頭のおかしいYoutuberが

 

億を稼ぐ、この令和の時代。

 

 

早い話が、みんな既に脳が焼かれてしまっているのだ。

 

とはいえZ世代は、大金はたいてノーパンしゃぶしゃぶなんて

 

誰もやらないだろう。

 

 

 

ゆとり世代の俺でもやろうと思わんからな。笑

 

 

では一体、今のZ世代そして

 

次なるΑ(アルファ)世代は何から酔いを得ているのだろう。

 

酒も煙草も車も賭博も女も、結局は金が必要だ。

 

 

実際は「やりたくても出来ない」というのが正解だろうが、

 

実際に金を与えても彼らの多くはやらないのではないか。

 

 

彼らは我々よりも遥かに達観していると思う。

 

悟りの境地に近いのかもしれん。笑

 

 

 

でもこれは言っておきたい。

 

この世の中、狂気の沙汰ほど面白い。

 

これは間違いない。

 

 

 

Z世代たちは

 

結局何をやろうと人間は満たされることは無い、

 

ということを多分理解しているのだろう。

 

(あくまで俺の持論だが)

 

 

 

そういう意味で実に賢い。

 

実際その通りだ。

 

 

酒に呑まれて二日酔いになれば気持ち悪くなるだけ。

 

煙草はダサいうえに百害あって一利なし。

 

車なんか新車で買ってもどうせ飽きる。

 

賭博など最初から店側が勝つ仕組みになっている。

 

女は金がかかるし結婚して生まれてくる子供が気の毒だ。

 

 

 

この地獄そのものと言える奴隷国家日本において、

 

幸せな一生を過ごすということは

 

よほどの才覚が、よほどの強運でも無ければ不可能だ。

 

 

 

俺もまた、その地獄の業火で焼かれ続ける男の一人。

 

とうの昔に脳は焼かれた。

 

 

 

全く新しい酔いを探し求めて、

 

自分の中を探究したり、

 

他人の心を探ってみたり、

 

色んな所を探検したり してみたけれど

 

 

 

結局何も得るものは無かった。笑

 

多少はあるにしても、味の無い残飯を食ってるような気分。

 

そういう虚無感を感じているのは俺だけではないだろう。

 

 

俺が本当に求めているのは、

 

例えば宇宙人(金髪碧眼美少女)と友達になるとか

 

そのレベルの、驚天動地である。

 

 

でも全く起きない。笑

 

当たり前といえば当たり前だが

 

これでは面白いわけがない。現実はクソだ。

 

 

実は、そのレベルの事は確かに起きてはいる。

 

レプリコンがそうだ。

 

 

 

水面下で我々の遺伝子を書き換えるという荒業をやっている。

 

でもハッキリ言って地味である。

 

ミサイルでも飛んできた方が遥かに分かりやすい。

 

 

 

今までの世界では、「分かりやすい娯楽」が評価されてきた。

 

言うならインスタントな快楽だ。

 

今は、現代アートのような不可解なものが好まれる。

 

 

 

しかし、だ。

 

現代アートを観ても狂喜乱舞する奴はそうそういない。

 

ボーっと観て終わりである。

 

 

ここから分かるように、本当に魂が求めているのは別なのだ。

 

魂はいつだって感動を求めているし、

 

想定の遥か上の出来事を求めているのだ。

 

 

 

令和において、

 

想定の遥か上の出来事を起こすのは極めて難しい。

 

異世界モノのアニメもマンネリ化してきたように、

 

あくまで「現実の中で非現実」を味わいたいのだ。

 

 

 

想定の遥か上を求めるにあたっては、

 

「手放すこと」が重要だと思う。

 

 

人間は所持できる総量におそらく限度があり

 

物質にしろ記憶にしろ、投げ出す覚悟が無ければ

 

次の展開は望めない。

 

 

今を棄てることでしか、

 

新たなる酔いは得られない。

 

 

手に入れていく過程は案外容易いものだが

 

手放していく過程には痛みが伴う。

 

 

でも、これが出来ない者は

 

この先、新しい酔いを得ることは出来ないと思っていい。

 

 

Shogoです。

 

レプリコンが蔓延して、2025年4月には

 

日本版シドシ(CDC)が発足することになっています。

 

 

その頃には、この「濡れユーロずぶ濡れMix」が流行るはずである。

 

皆の魂に哀愁が宿る。

 

時は来たれり。

 

 

 

何故なら、身近な人がバンバン死ぬ事になるからである。

 

今既に愛する人が居る人が、それを失った時

 

計り知れない哀愁が襲い掛かるでしょう。

 

 

 

そうなってようやく、

 

このメドレーが突き刺さるであろう。

 

 

 

 

まぁ、これには敵わないですけどね。

 

生き地獄ブーム、来るでしょう。

 

まだ時代が追い付いていないんだな。

 

 

 

 

ちなみに本物の中野さんが

 

ピアノ版とかも出してます。

 

 

天才過ぎて誰にも評価されない典型例 笑

 

何で水鳥の映像やねん。

 

 

 

道は無い 地図もない
  いちかばちか かけてみよう
 夢は有る 夢がある
道は無い 地図もない
  いちかばちか かけてみよう・・・・

 

 

Shogoです。

 

AIがアーティストにもなれることが証明されつつある。

 

こうなってくると「人間とは何なのか」と思えてくる…。

 

 

我々の世界も随分と壊れてきている感があるが、

 

これもAIの進展と関連性があるのかもしれない。

 

 

 

Twitter(X)なんかも、botだらけです。

 

人間は我々が思ってるよりも遥かに少ないのかもしれません。

 

街を歩く人間に見えるそれは

 

もうとっくに AIにすり替わっていますよ…。

 

 

 

 

今日から始まるレプリコン改めコスタイベは、

 

人類に対する遺伝子改良処置実験に他ならない。

 

 

稲や麦が遺伝子改変されてきた事はご存知ですよね?

 

猛毒の農薬をかけても死なないんです。

 

それって本当に、稲なんですかね?

 

稲の形をしているけれど 別の何かでは…。

 

 

 

人が見る夢も、これに近いものがある。

 

どんどん景色や場面が切り替わっていくというか…。

 

混沌としてますよね。

 

 

それに比較すると現実は緩やかに変化するが、

 

近年はそれも加速度がついてきた。

 

 

 

現実が、仮想現実に近づいてるっていうの?

 

SFがリアルになった時、

 

この世は最初からフィクションであったと

 

誰もが理解するだろう。

 

 

 

 

我々がAIを創ったのではなく

 

逆なのである。

 

 

Shogoです。

 

ポンキッキーズ世代だった私は、

 

保育園に行く前とかに、よくこれを聴いてたもんですよ。

 

 

 

どんなオッサンにも少年時代というのがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の青春が明確に終わったのは、須磨水族館でした。

 

確か23歳位だったかな?

 

 

元カノとイルカショーを観たのが最後ですね。

 

あの時にはもう別れ話は済んでいたので、

 

実質最後のデート的な。

 

 

イルカショーの終わりと共に、

 

青春時代が完全に終わるのを感じましたね。笑

 

 

 

 

思えば、あの瞬間から私は「大人スイッチ」を押しました。

 

マトリックスの住人を辞めた瞬間でもあった。

 

 

 

しかしマトリックスを抜け出した後も、

 

結局はザイオンでの生活が待っているだけだった。

 

社会人として食っていかなきゃいけないのでね。

 

 

 

いつか大人をやめて、

 

元の俺に戻る時が来ると思いますが…。

 

 

 

いや、もう戻る事は無いか。

 

オッサンは少年には戻れない。

 

不可逆なのである。

 

 

 

大人をやめたら次は何になるんでしょうね。笑

 

Shogoです。

 

10月からコスタイベが始まりますが…。

 

 

対象者である高齢者と接触する可能性がある場所、

 

例えば温泉、病院、介護施設、イオン、スーパー…etc

 

こういう所に行くなら、死ぬ覚悟で行ってください。笑

 

 

 

 

というのは言い過ぎかもしれませんが。

 

 

 

私が最も懸念するのは、

 

例えば家族の誰かが、コスタイベ人間と接触し

 

何らかの症状が出た場合。

 

 

この時、近くに私が居たとする。

 

すると、そこから更に伝播する可能性はあるのか。

 

つまり伝播の、さらに伝播はあり得るのか。

 

 

 

 

もしこれが起こるなら、防ぐ方法は無い。

 

文字通りのバイオハザードになるだろう。

 

 

 

コスタイベがウイルスと同様の働きをするなら、

 

当然マスク等で防ぐことも出来ないでしょう。

 

逆に言うと、自然免疫があれば普通に防御出来るのかも。

 

 

 

色々ヤバイとは言われているものの、

 

2025年以降も世界は進行していくだろうし

 

既に色々と計画は練られているだろうから

 

 

 

案外、何も無かったかのように終わるのか…?

 

 

 

 

 

4月の治験で打った奴、約4000人の情報によれば、

 

打って一か月以内に200人以上死んだそうな。

 

んで、今は1000人以上死んでるんだと。笑

 

 

 

だからよ…

 

もうコスタイベ人間は既に、そこら中に居るわけ。

 

伝播云々が本当なら、そうなるよね。

 

でも別に何ともないでしょ? 


 

てことは

 

案外、どうってことないんじゃね?

 

と思ったりするんですけどね。笑

 

 

 

 

3年前に私が残したコメントがまだ生きてた。笑

 

当時から疑いのコメントはありましたけど、

 

まだ気付いてない奴が大半でしたからね。

 

 

 

ガースーも戦犯ですからね。

 

デマ太郎ばっかり悪者扱いされてますけど

 

コイツも大概やばい。

 

 

 

さて、コスタイベ(レプリコン)来ますね。

 

 

 

私は切り札も持っていますし、まぁ大丈夫だろう。

 

一応、予備を買っておこうかな…。

 

あまり大きい声では言えないけれど

 

(買い占めされたくないので)

 

 

 

グル…チ…ン

 

的な奴ね。

 

 

 

私が敬愛するSHINGENさんも

 

有効であると仰っていますし間違いないかなと。

 

今のところ、唯一の対抗手段でしょうね。

 

 

巷で言われている、

 

イベルメクチンとアビガンですか?

 

あれは個人的に信用出来ないですね。

 

 

既に打ってしまった人には多少なりとも

 

効果があるのかもしれませんけど、

 

伝播対策として使うのは危険だと思うけども。

 

常用するようなモンじゃないわな。

 

 

 

脈々と、日本人がミャクミャクの使徒になっていく。

 

これだけは間違いない。

 

やれやれだぜ…。

 

 

 

 

私が編集した頭文字DのMAD、

 

ついに500万回再生行きました。

 

 

 

あれからもう6年か。

 

これを作った当時、私は本田技研工業でクルマ作ってた。

 

ある日、インフルエンザにかかったのである。

 

 

やることないので、寮で暇つぶしに作ったんですよね。

 

サムネを祐一(おっさん)にしたのは我ながら最高のセンスだ。

 

渋いおっさんのええ顔に勝るものなし。

 

 

 

Shogoです。

 

デュールクォーツのvocalこと、sakito

 

そして、彼らはラストライブにて解散し…

 

 

彼は、先沖仁志となった。

 

というか生まれた時から先沖仁志なんですけどね。笑

 

 

 

 

塾長やサラリーマン等もやっていたらしいけど、

 

ローソンの経営もやってたのは知らんかったな。笑

 

sakito時代を知ってるが故に

 

おもしろすぎるんだが。

 

 

そして今は何をしているのかと思ったら、

 

参政党員になっていた。笑

 

 

これは久しぶりに心から笑いましたね。

 

いや、別に馬鹿にしてるわけじゃないですよ。

 

 

 

 

まぁ人生ってのは分からんもんですよね。

 

私も10年後どこで何をしているかなんて、

 

分かりっこない。

 

 

 

 

 

演説よりも明鏡止水かました方が

 

ファン獲得できると思うけどなぁ。笑

 

 

 

ええ顔してるわ。