オードリヘップバーンの足首
いつものように夕食時にテレビを付けてチャンネルを回していたらオードリヘップバーン主演の「真昼の情事」をやっていた。この映画に出た時の彼女が何歳か知らないが「ローマの休日」の頃と変わらない若さと独特のさわやかさがある。さて
その「真昼の情事」をしばらく見ていたらチェロを抱えてアパートに帰って来た彼女がチェロを抱えて階段を上るシーンがあった。見上げるようなカメラ角度で重そうになチェロを抱えて階段を上がるのだが、その時、思わず、ヘップバーンの足首の細さにハッとしてしまった。
もちろん、女性のそれぞれの部位に限りなく愛を感じる異性はいるわけだけれど、今日、ヘップバーンの足首に思わず感心したのは、今読み進んでいる司馬遼太郎の小説「尻くらえ孫市」の影響である。もしこの孫市があのヘップバーンの足首を見たなら、雑賀党のすべてと取り換えても彼女を手に入れようとしたであろう、と私は思う。それほど、一目見るなりズキンとくる足首ではあった。
話が変わるがレイチャールズは初対面の女性の二の腕を触ることでその女性がどれほどの美人か判断したそうである。これも映画の知識。
もうひとつ、司馬遼太郎の小説「尻くらえ孫市」を読んでいて学んだこと。親鸞上人が開いた浄土真宗とは万人平等を説く、封建時代にあっては危険思想極まりない教えであったこと。親鸞は僧と門徒のあいだに階級を設けなかったが、教団となってからは僧はみな貴族意識を持ち始めた、、、、。
これがキリスト教も含むすべての現世の宗教というものの実体だ。親鸞が「自分自身が救われるためのもので、弟子などは要らぬ」と言った教えに近いのはやはりマザーテレサしかいない。
XXXへの手紙
♪うまくいく恋なんて恋じゃない、、、、
ずっと以前、あるバラエテイ番組で小学校低学年ほどのひとの気持ちを考えようとする男の子と生意気な女の子がロックバンドを組む企画があった。司会者に「会いたい人は?」と訊かれてそろって「チャア」と答えていた。念願かなってその「チャア」なるロック歌手と対面できたのだが、私はその「チャア」なる歌手を見るのは初めてだった。
それからどれくらいたってからだろうか、阿久悠を記念する番組で、えッ、この歌も、と驚くほどさまざまな歌手が阿久悠作詞の歌を次々に歌っていたのだが、あの「チャア」も出てきた。そして唄ったのが、「♪鏡の前で、、、」で始まる「気絶するほど悩ましい」だった。その中に「♪うまくいく恋なんて、恋じゃない」という、いつかどこかで聞いたことがあるような歌詞があり、へエ、この歌はこの「チャア」という歌手が唄っていたのか、と感心して、すぐ忘れてしまった。
本日、読了した司馬遼太郎の「上方武士道」の中で一人の登場人物がこう言う「手づかみできるような恋はろくな恋やない。ええ恋ちゅうもんはな、ええ魚とおんなじで、スルスルと、よう逃げる」
はて?阿久悠はこの小説を読んでいたのだろうか?
それと、話が飛ぶが、たまたま数ヵ月前に見た週刊プレイボーイに
冒頭の生意気な女の子の写真が出ていた。将来を期待される女の子の中の一人として紹介されていたのだが、まだ11歳でもちろん最年少。歌手デビューもし、今年の某テレビ局の大河ドラマにも出たそうな。それがどうした?と言われればそれだけのことで、別に、その心は?と訊かれても「人間万事塞翁が馬」とか「人生流転」とかだけで、あまり気の利いた4文字熟語はパットは浮かんでこないのだが、、、。
