朝食の湯豆腐がおいしかった。


息子を迎えに京都へ。


ギリギリになって公共交通機関を探したけれど


ガッツリ全滅。


今年の夏は京都新潟を行ったり来たり。


もう寝る時間とか、寝なきゃとか


そういうのはない。


電話しながら旅館を予約するのに


5時間くらい経っていて。


話が弾んでしまってね。


その日、寝なかった。


だから、次の日はずっと寝ていて。


その次の日も移動中、寝ていて。


と思ったら、布団では一瞬しか寝ない、みたいな。


尋常じゃない生活リズム。


明日からは弟家族も帰ってきて


私は諸手を挙げて歓迎。


締切、気にしない。


寝なかった日、


もうさ、


お盆終わってから書こうなんて


考えられなくて


電話を切ったあと、紙一束をザバザバ使って


一ヶ月二ヶ月分くらいのエネルギーで


書いては捨て書いては捨て


納得いってないのに落款押して


さらに壊した感があって


違う、ってわかってたけど


紙はすぐには届かないし


それにはお金もいるし


出品するか、アイディア自体練り直すか


何日も悩んでた。


作品見つめたり、息子の意見聞いたり。


結局のところ、


どこか一箇所でも気に入らないのなら


それはビリビリに破って処分。


悩む、迷う、は答えじゃないってこと。


文字の配置、草稿はそのままに


落款を要検討と


下地の処理変更。


墨色も変えることにしよう。


実際、お盆が明けても


足掻く時間はたっぷりある。


そして、私には協力者がたくさんいる。


捨てる紙あれば


拾う神あり。


うんうん。


グズグズしてても仕方ないから


動く。


とにかく目一杯楽しんで、そのあと考える。


切り替え大事。



夜の街を二人で歩く。


タバコの煙がもくもくしたカフェで


チョコレートパフェを食べる。


そこが新京極だと知る。


中学生のとき、


修学旅行で班別行動があり、


男女3:3で組まされた。


リーダーの男子が新京極に行きたくて、


計画した神社仏閣を超特急でまわった。


走って電車やバスに飛び乗って、


北野天満宮なんか入り口をパッと見ただけ。


行ったってことにして、


新京極でピタTを一枚買ったのが懐かしい。


お買い物の時間は長くあったな。


その時代、


女子は嵐山のジャニーズショップ、


男子は新京極でスタジャンを買うのが憧れで。


そんな話をしていたら、


息子にジェネギャって言われた。


私はアイドルとか興味なくて


京都にも詳しくなかったから


言われた通り、連れていかれるままに。


どんぐりあめ


っていう露店があって、


近寄ってみたら普通の大玉飴だったんだけど


グループのみんなに買って渡したな。


偽善者っぽいところが昔からある。


自分のおみやげもそこそこに


家族や親戚のものばかり買っちゃったり。


誰かのため、何かのため、


と思うと頑張れる私がいる。


作品を作るとき、


たいていは自分の感情やメッセージ


多くの人に伝えたい、と思うけれど


その先に両親の笑顔があり、息子の幸せがあり、


親戚が喜んでくれるかな、とか


地元の人がいっぱい見てくれる展示がしたいとか


ほんのちっぽけな


小さな声でしかないものの


それが世界の平和、世界の笑顔につながったら


嬉しいな、と思ったり


なんかね、それこそ私らしいというか、


笑っちゃうよね。


無鑑査というステージにあって、


くだらない、どうしようもない


変態丸出しのへんてこな作品を


バッサーッて出品して


審査員の先生が声を出して笑ったらさ、


それは成功でしょ。


私の師匠も審査員だから


先生がニッコニコだったらいいなぁ、と。


ただそれだけ。


わかんないのよ、


戦争とか災害とか


苦しみを和らげる方法なんて。


私には何もできないし、


できてもボランティア、人一人助けられるか。


暑い寒い、痛い、痒い、


感覚も鈍感だからさ、


誰かの痛みを


ストレートに受け取ることはできない。


そんな中、私ができること。


書く。


発表する。


見た人の心に響き、


大きな輪となって伝わって


地球全体、宇宙全体が和んだらさ


それ以上のことはない。


また言ってる。


笑って。


救われる。




祭りの前の空と祭りのあとの空。

散歩は行っても行かなくてもいい。

空だって見上げなくても

その空気、風だけで癒される。






両手を頭上にゆらゆら。

空想上の龍を地面から腹へ。

背中を抜けて天へ。

頭をなで、あごをなで、抱きしめる。

景色と存在と。

太陽はいつも私を見ている。

神社に手を合わせ、

太陽に手を合わせる。

足裏は大地を吸い上げる。

愛と感謝を繰り返す。


目の前で鳴くセミの声を聞き続ける。

京都はアブラゼミじゃない。

お盆の飾りが七夕のようである。

短冊まである。

見慣れてきた景色だが、

鴨川沿いの街並みはいつも感動する。

本物の300円均一を見て、大声を上げた。

歌を流して、

お笑い番組を見て、

お菓子をつまむ。

禁欲に近い毎日から解放され、

とことん遊ぶ。

もう少しで到着。

ということで、

あなたにとって

素敵な午後、最高の明日となりますように。