第二コリント11:12-15 偽物は実によって見分ける
12 しかし、私は、今していることを今後も、し続けるつもりです。それは、私たちと同じように誇るところがあるとみなされる機会をねらっている者たちから、その機会を断ち切ってしまうためです。13 こういう者たちは、にせ使徒であり、人を欺く働き人であって、キリストの使徒に変装しているのです。14 しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。15 ですから、サタンの手下どもが義のしもべに変装したとしても、格別なことはありません。彼らの最後はそのしわざにふさわしいものとなります。###################パウロは信徒たちの信仰と思いが汚されないように、自分がニセ使徒たちと区別することができるように行動していました。1、2世紀において、特にニセ使徒と呼ばれる人たちはどんな人たちであるかディダケーという書物に書き記されています。これは正典入りはしなかったものの、1、2世紀の具体的な教会運営の指針の資料として大変重要なものです。その中でにせ使徒や預言者たちを見分ける特徴として、食べ物や金銭を過剰の要求した、ということです。彼らにとっては、自分の腹を満たすことが第一であり、神の国が片手間であった、ということです。このような人たちが実際に教会を巡回していたので、パウロは彼らと同じように見られることを避けました。これらの人たちがたとえ一見柔和で話ぶりもよく、聖書の知識も十分で使徒や預言者のように見えたとしても驚くには及びません。主が荒野で悪魔の誘惑を受けられた時と同じように、悪魔はみことばを知ってるし、引用してくることもあります。しかしその引用は、自分勝手で自分に都合の良い引用です。私たちは彼らの身なりや表面的な態度、話では偽物が分からないこともありえます。パウロでさえ、にせ兄弟に騙された、と告白しています。しかし長期的に見れば、その人の実らせる見によって見分けることが可能です。良い木は悪い実を実らせないし、悪い木も良い実を実らせることは不可能です。