数日前に、知り合いから
ちょっと不可解なことを言われた。
「〇〇(自分にすごく関係すること)の
ことで知らない人から突然
連絡が来たんだよね‥
よく分からないなと思ったから
それ以上関わらなくて済むように
考えて返事しといた」
その知り合いは普段から
テキパキしてるしたぶんうまく
無難にごまかしてくれたんやろうけど、
自分がその分野で関わってることは
そんなに多くの人にめちゃくちゃ
人気があるというほどでもないし
実際これまで一回もそういう
問題もなかった。
また別の人からも
そのことに関してちょっと心に
引っかかることを言われて
その時はそのことに関して
不可解なことを言われたのが
初めてやったからまだ
そのことには触れずに会話を
続けてそのまま過ぎ去ったんやけど、
最近何でそんな2回続けて
似たようなことで悩むんかな?と
考えてみたら自分にとっては昔から
ずっと深く関わってたことが
たまたま先月下旬くらいから
何回か前よりは表立った所に
出てくる機会があったな、って。
それをきっかけにそのことに
何となく興味を持った人が
「でもShocaは一切話題にも
ならないうちからそれを好きで
続けてたんでしょ?ずるい!」
と嫌がらせをしてきたのかな
という結論に行き着いた。
これは自分のことを言ってるなと
思われる内容をネットに書いてたり
自分にとって不快に思うことを
自分の知り合いと分かってて
特定の人に連絡したりと、
生活を脅かされるような
ものではないけど精神的にじわじわ
痛めつけてくる陰湿さが
本当に嫌やなと思った。
昨日は夜中に大声で
時間的にはそんな長時間ではないけど
外で騒いでる人たちがいて、
それもあったかもしれないけど
夜中本当にほとんど眠れなかった。
でも、そこで気づけたことがある。
自分はそのことを前から
すごく好きで色々制限がある中でも
コツコツ頑張ってたんやけど、
自分のこれまでの価値観や感覚で
考えてみたらちょっと想定外の
部分があって、これから先もそれを
頑張っていくのかというのを
よく自問自答してきた。
それが、今回これは嫌がらせかと
思う出来事があって、それでも
やっぱり自分はそのことをこれからも
続けて目標を叶えていきたいと
強く願ってるという事実に改めて
気づけたような気がする。
たとえ悲しいことや理不尽なことが
あったとしても、そのこと自体が
自分にとってそこまで大切でなければ
夜ずっと眠れないほど
悩んで苦しむかなぁと思うから。
知らず知らずに、親の価値観や
世間ではこれが普通というような
基準を自分の心の中に
自分がどう思うかよりも
人がどうとか世の中がどうとかで
持ってしまってたことに気づく。
それを認識した上で自分は
やっぱりこのことを大切に
将来的にも共に生きていける
相棒のように考えたいと思う。
そんな寝不足の中で、今日は
この週末の家の用事の中でも
親1の機嫌を一番気を遣う予定が
入ってたからしんどいなと思ったけど、
行った先で親切にしてもらったり
自分が好きな物のガチャガチャを
してたらレアな賞品が当たったり
普段あんまり外の空気を吸う機会が
本当にない分、気分転換になって
嬉しいこともある一日で
昨日のこともあったから余計に
救われた気分になった。
