自分はあんまりゆっくりは

見られなかったんやけど、


大人の発達障がいについての

特集がテレビであったらしい。



発達障がいは今は「神経発達症」

という名称になってて


(発達障がいっていう言い方の方が

まだ世間一般では分かりやすいから

つい発達障がいって言ってしまうけど)


これまでに比べたら

発達障がいの当事者が

自分は発達障がいやと公表したりとか

それをテーマにしたドラマもあったり


発達障がいがどういうものか

というのが知られるようには

なってきたみたいやけど、


親(親1)が発達障がいという環境で

育ってきた自分からすると


発達障がいの人の家族やから

日々感じること


というのはすごくあるなと思う。



親1は親1で当事者として

苦労や生きにくさもあるやろうけど、


家庭生活の中で何気ないこと1つ1つに

あれは嫌これは嫌

こうするべきああするべき

と細かいことにこだわられたり、


一旦かんしゃくを起こし始めると

他のことにまで飛び火して

止められなかったり、


聴覚過敏の親1に合わせて

家族も基本的にできる限り

音や声は出せなかったり、


外の人たちに「えっ‥それ言うん?」

と思うような失礼なこと、

配慮が足りないことを遠慮もなく

親1は容赦なく言ってしまったり、


ちょっと挙げただけでも

これだけ出てくるような中で

家族として過ごすというのも


正直、とても苦労がある。




こう書いてしまうと

発達障がいの人たちはみんな

周りに迷惑をかけて生きてるのか?


というふうに捉えられるかも

しれないけど、それは決して

そうではないと思ってる。



親1の場合は、発達障がいに加えて

人格障がいもあるし、

そういう障がいを取っ払って考えた

その性格そのものが悪い。



発達障がいやからとかではなく、

親1という人間の性格が曲がってる。


そこは発達障がいとは分けて

考えないといけないことやから。



人間は機械ではないから

発達障がいの人とそうではない人

という2種類に完璧に

分けられるわけでもない。



診断はされてないけど

その傾向がある人というのもいるし


その傾向だって白から黒まで

無数のグレーがある。



発達障がいがあっても

本人が本当に興味があることには

かなり集中できるとか

そういう特性を活かした仕事に

就いてる人もいて、


発達障がいではないから普通とか

すごいとかではないし


逆に発達障がいやから

人に迷惑をかけて過ごしてる、

周りができることができない


とかでもないと思う。



自分の場合は、一番身近な

親1という発達障がいの人が

暴力的で人を脅したりも日常やから


つい発達障がいについても

イメージや印象が悪くなりがちやけど、


発達障がいの人でも

元の性格が穏やかな人は


できるだけ周りとも共存できるように

自分のしんどさも減らせるように


色々と工夫して生活してたりする。




自分は親が発達障がいという環境に

生まれたからこれまでも

発達障がいについて調べたり

知ろうと努力もしてきた。



発達障がいの当事者やその家族の

本や新聞記事などを読んだり


ネットでそういうことを

発信してる人の文章を読んだり、


今日の番組は全然ゆっくりは

見られなかったけど

そういう内容をやってる時は

見られる時は見たり。



だけど、それはそういう環境で

生きてきたからで


家族が発達障がいという立場に

置かれてなければこんなに

色んなメディアで発達障がいや

そういう人への接し方を知ろうとは


思えなかったやろうなとも思う。




家の用事で外出した時とかに

親1が何かちょっとしたことで


いきなり衝動的に行方不明になったり

突然怒鳴り始めてかんしゃくを起こしたり


もちろん家族も困るんやけど

周りの人を驚かせてしまったり

迷惑をかけてしまう時もある。



そういうことができる限りないように

家族は事前にとれる対策は全てとる。


発達障がいの人が身近にいない

人たちから見たらやっぱり特に

怖いやろうし余計に不快にも

思ってしまうと思うから。



それに、いきなり行方不明になられても

当然ながら家族だって困る。




世の中に発達障がいが今より

広く知られたからといって


「うちには発達障がい者がいます!

だから配慮してください!」


と言うつもりはないけど、


「こういう人たちもいるんやな、

発達障がいはこういう特性もあるのか」


と知ってくれる方が世の中に増えるのは

とても心強く、支えられることやとは

本当に、すごく思う。




自分だって、もし親が

発達障がいでなければ


発達障がいのことをこんなに

知ろうとは思ってなかったと思うし


人のことを偉そうに言えるような

立場でも何でもないんやけど‥、


実際にその立場になってみないと

分からない苦労があるというのは


小さい頃からずっと思ってるかなあ。




家族のこういう話は

人によっては面白おかしく

噂として広める人もいるし、


発達障がいが特殊とか

そういうことを言いたいんではなく


伝える時はちゃんと信用できる人に

分かりやすく伝えないといけない

と思う。



そんなふうに思ってたら、


うちの場合は親の事情で住む場所も

通う学校も次々変わってたし


一定期間自分の家のことや

自分のことを見てくれてる、

知ってくれてる人たちも少なくて


だから人にこういう事情を

話せるような機会も本当になくて

正直に言うとめちゃくちゃ孤独やった。









今日は久しぶりの雨。

昨日の夜寝る時、
自分のベッドは窓の近くにあるから
それもあって雨の音が聞こえてきてた。

そんな大雨でもなかったんやけど。



親2が、最近引っ越した親戚のことを

「他の親戚が、〇〇(最近引っ越した
その親戚)のことを、〇〇自身も
どうしようもない部分を悪く言ったり
してるけどそれは違うと思うんよね」

と言ってた。


自分の大切な仲間の一人の容姿を
こてんぱんに悪く言うんは誰?

親2やん。


何で親戚のことになったら
普段の態度をコロッと変えるねん。

同じことやろ?

自分ではどうしようもないことを
誰かがバカにしたり悪く言うのは
おかしいし間違ってると自分も思うよ?

でも、それをしてくるやん。
親2も親戚以外の人には。

それはいいん?


全てがこういう感じで
親戚のことになると話が
ガラッと変わる。


親戚以外の、例えば自分にとっては
大切な仲間のうちの一人でも
「あんなブサイク見たことない」とか
「ようそんな顔で外歩けるな」とか
平気で親2はそう言ってくるけど

(※その本人に向かって
直接は言ってない)

普段正当化してるその態度を誰かが
親戚に向けてとったら
それは怒るんやろ?



確かにその最近引っ越した親戚は
これまでも色々頑張ってきてるし

気にかけてくれたりもして
有り難いと感謝はしてるけど、

普段の状況を全て知らない人が
いくら身内やからって
誰かの肩を持つようなことは
かえって新たなトラブルを
招く可能性もあると自分は思う。


自分は、親戚でも親戚ではなくても
その人自身が変えられない部分を
誰かが笑ったり否定したり
バカにしたりするのは良くない
という考えでいるから、

自分にとって大切な人のことを
容姿が他の人より劣ってるから
という理由で悪く言われるのは

本当に不快やし悲しくもなる。

(そもそも自分はその人のことを
ブサイクなんて思ってないし)



昔は、親に強く言われたら
そういうもんなんかな、
それが世間なんかなと思ってたけど、

親が必ずしも正しいとは限らないと

それは大人になってめちゃくちゃ
特にそう考えるようになった。



この数日、親戚と会ったり
親1が体調が悪いと
構ってちゃんっぷりを発揮して
ずっとグダグダ言ってたり

親2の医療器具の値段が
上がるとかでその書類を確認したり

何か気分的にすごく忙しかった。


ゆっくりできる時はゆっくりしよう。