家の用事で、午前中から

電車とバスで移動してた。


といっても隣県で遠くはないし、

前から何回か行ったこともある所

というのもあって慣れてはいる。



でも、乗り換え駅で親2が

「階段ばっかり歩くんしんどい」

と言って(親1は多動で階段の上り降りや

徒歩での長距離移動が大好き)


自分がそっちに気を取られてる

数秒間の間に親1が駅のホームで

行方不明になってしまって

今日も焦ったりヒヤヒヤして疲れた。



親1と行動してる時は

トイレに行きたいとも自由には

言えないから(親1もトイレに

行く時ならいいけど、それ以外は

親1は断固として人をトイレに

行かせずに罵倒したりもするから)


朝から極端に水分を控えてたら

途中で気分悪くなってきて


信号の先にある自販機で

ペットボトルのお茶を買おうかと

思ったけど「もうバス来るで?

もし来たら放って乗っていくから」


と言われてそこからもまだ

1時間くらい我慢して移動したし。



いくら荷物を軽くしたくても

やっぱり小さいサイズでも

飲み物は持って行くべきやなと

今日学んだ。





前にこの場所に来た時も

自分は今考えてるのと同じ

方向性で将来を考えてた。



もちろんそれは人には言えずに

自分だけであれこれ考えて

できることから動き始めてたんやけど、


自分への自信のなさから

一つ一つの行動を起こすのが怖くて

本当にいちいち立ち止まって


「ここまで動いても大丈夫かな」と

今以上に悩むことがたくさんあった。



今日はいい天気やったけど、

その時は天気も良くなくて

悩みながら歩いてたのを今も思い出す。



でも、今振り返ってみたら

あの頃に思いきって勇気を出したから


自分なんか別に誰からも

自分らしく生きることなんて

受け入れてもらえないという

鎖をやっと断ち切る覚悟を持ったから


あの頃よりも夢に近づけた今が

あると思えて、よく頑張ってきたなと


自画自賛みたいになってしまうけど

正直、本当に心から思えた。



この家では、親の思い通りに動けない

子どもなんて意味がないと

自分が小さい頃からそれが常識として

当然のように暗黙のルールがあったし、


自分の気持ちや想いを抑えて

親の理想通りに生きないと

どれだけ暴力的な言動を受けるのかを

考えたらもう、全てが奴隷のように


諦めの気持ちに支配されて

生きていくしかなかった。



これまでも、たぶん普通に生きてたら

考えられないかもしれないけど


親1が何かちょっと嫌なことがあった

(たまたま乗った電車で隣の客が

やかましくて腹が立ったとか)

という理由で行き先も告げずに


突然行方不明になるなんてことも

子どもの頃から複数回あったし、


親2は親2で

「親1は好き放題家族を傷つけてくるし

自分の希望はShocaが思い通りに

生きてくれることだけ」

という態度が当然という認識でいた。



そんな中で、頭がおかしくなりそうに

なることも数え切れないほどあったし、


安全のためとはいえ

ここまで全て親の言いなりになって

心が壊れて鬱と闘いながら


日々うっすらと消えたい消えたいと

心の中にもやがかかったまま

それでもなお家族最優先で生きてる


そんな自分はもう自分でも

誰なのか分からないくらいに思えてた。




そういう背景の中でも

自分はこうしたい、将来こうなりたい、

自分らしく生きられるのはこの道や!

という夢や目標を持てたこと自体が

奇跡のように有り難いことやと思うし、


同じ場所に久しぶりに来て

自分が今日ここに来るまでの間

無事に生き抜いてきた


そして「自分が」生きたい方角に

自分の心と体をちゃんと動かせてる


そこに心から感動すらしてしまった。






今日の青空のような人生を
これから生きるために
これからも少しずつでも

自分らしい道を歩めたらと思う。



他の人を押しのけようとか

家族はどうでもいいとか

そういうことではなく、


自分の人生は自分のもので

それはどんなに身近な人にも

搾取できる権利はないはず


という考えをちゃんと心に持って

生きていこうと今日改めて思った。